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ボス猿という虚像


ボス猿。

昔、よく猿山の猿社会のドキュメンタリーをテレビでやっていた気がします。

猿社会もきちんとした上下関係があるんだな〜猿社会もなかなか大変なんだな〜とか思ってましたが。



何と、本来の自然界には、ボス猿など存在しない、らしいのです。

ボス猿が存在するのは、高崎山など、人間が管理している環境限定、らしいのです。

京都大学の有名な猿を研究している教授が、猿を研究していてそう結論づけたようです。

猿山にボス猿は存在しない


管理され、限定された環境でヒエラルキーは育つ




人間が食料を管理していると、限定された食料を効率的に群れのメンバーに配分する必要性が出てくるので、必然的にヒエラルキーが構成されてしまうそうなのです!

これはなんだかどこかで聞いたような話じゃありませんか。


自然界には本来もっと食料が豊富なので、ボス猿という概念も不要なのだとか。
みんながそれぞれ適度に距離を保ちつつ、自由に暮らしているとか。
その方が、効率がいいから。


ボスとベスト


「サル社会にボスザルはいない」NHKの番組で紹介されたサル学の権威である伊澤紘生さんの研究で知った。今から34年前に、白山で野生ザルをしらべた結果である。当時の定説は「ボスが群れを統率している」。伊澤さんは血まなこになって1年間ボスを探したけれど、いないのだ。ふと「もともとボスなどいないのでは」と考えた。画期的な発想だった。はじめは学会で異端視された。ところが今では「ボスはいない。自然界のサルには競争も序列もなく、皆それぞれに自由きままに生活している」というのが定説となった。

ではどうして、高崎山にボスザルがいるのか。人間の餌付けしたサル社会にボスザルは出現するのだ。人為的に価値観の一元化された社会ではそのことに長けたものが競争に打ち勝って支配するからである。ボスザルの存在は、競争の論理にどっぷりつかっている人間がサル社会に人間社会を投影していた幻想にすぎなかったのである。自然界は多様だった。そこでは競争や序列はなりたたないし、意味をもたない。

伊澤さんの「自然界では誰も競争していない。人間だけが競争の論理にとりつかれている」といった言葉にハッとした。




う〜む。。。

思わず、唸ってしまいました。

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プロフィール

「シンクロニシティ(共時性)」「陰と陽(二元論)」「フラクタル(大=小)」が私の人生のテーマです。 Synchronicity (synchronicity)" "Yin and yang (dualism)" "Fractal (large = small)" is the theme of my life.

運命は存在するか?

Author:運命は存在するか?

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