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金神の艮の文(トドメノフミ)

ついぞ来たれし天の時、天翔あまかけ国馳くにかけ天てんを舞まい天下に雷鳴轟かせ神の御国と建て替える。

あらゆる教えを混ぜ混ぜて一つの法といたすぞよ。

神無し思想の者どもが栄え栄しその裏で金神眼見開いて見ておる事ともつゆ知らず、やりたい放題、し放題、あたかもこの世は人の世とはき違いたる主義思想、間かん髪ぱつ容いれず人の世に一厘入ってまる潰つぶれ、神無し思想ぞまる潰れ、神信心は馬鹿なりと人の世界ぞ思う頃、神の仕組みは整うた。

あらゆる宗派は一いちとなる、神の合図で一となる。

神の仕組みの出来上り。

聞いてびっくり見てびっくり、このカラクリを知りたなら開いた口とて塞ふさがらぬ。

嬉し嬉しで開く口と阿鼻叫喚あびきょうかんに開く口のふたつとなりし時なりと覚悟の上で知るがよい。

異変が天に起こる時、大地に異変起こるなり。

天地十字に結ばれし嬉し嬉しの大異変、この時、神が現われて各宗各派を統治する。

まず宗教は大異変、宗教界は大異変、一厘入った宗教はこれまでやり来たさまざまな事ではこれより立ち行かぬ、これよりやり方変えようぞ、あちらにやり方変えようぞ、打って変りて翻ひるがえり、手のひら返してお出で直なおし、それはそうなり、そうなりと各宗各派は甦よみがえる。

さすれば目的なんなりと各宗各派は思案する。

以外や以外これまでは戦い競うて来たなれど、我らの目的唯ただ一つ、世界の平和に貢献と各宗各派は湧き上がる。

一厘入はいった宗教と一厘入はいらぬ宗教は誰が目にとてわかるから宗教界は大騒ぎ上に下にの大騒ぎ。

一厘 入はいった宗教はこれぞ、これぞと盛もり上あがり、昔のやり方さようなら、神をわからん者達のご機嫌きげん取りともさようなら、さよう、なら神信心をさせてくれ、わしにも信心させてくれ。
この後ごにおよびて申しても、こなたにかもうておれんからこなたの岸とはさようなら。

全ての教えは舟となる、一厘入って舟となる。

彼岸に登る舟となる。

神信心の尊さを説とけどもわからん者達がこなたに残りてさようなら。

人の世よの中なか終る日の、終る刹那せつなの物語。

涙、なみだの物語。

金神正体明かすぞよ。

天理教にて金の龍、元もとの神にて実じつの神、できたるばかりのこの大地、泥海の如き有様を、ここまで馳駆ちくし固かためたる親おや神がみ、天の将軍しょうぐんは金剛力こんごうりきの金龍とかしこみつつしみ知るがよい。

天の命にて三千年隠棲いんせいいたせし大本おおもとの神の出口でぐちの口開くちびらき艮うしとらの神と現われて三千世界を建て直す。

これより申すさまざまのこれまで隠せし仕組み事。

毛筋けすじの幅も違わんと申しておくゆえ覚悟かくごせよ。

神信心の信徒より順々一厘吟味ぎんみする。

神信心の人々はこれより裁さばきの庭に出る。

国こく祖そ、大国くに常とこ立たち親王しんのうが、これより直々じきじき裁きする。

善人、悪人顔に出る、神が中心宿る者、形だけなる神信心、行住坐臥ぎょうじゅうざがもさながらに一目見た時、顔に出でる、わしが見るからすぐ判わかる。

問答無用と申すぞよ、言い訳わけ無用と申すぞよ。

十二単じゅうにひとえに身を包み、みやび優雅ゆうがに振るふ舞まえど一厘無くば藁わら衣ごろも、まるめて捨て去る袋帯ふくろおび。

美人美形の者でさえ鼻毛一本まる潰れ、それほど一厘わかるぞよ、それほど一厘わからんぞよ。

その一厘ぞ別れ道、たった一厘分れ道。

濡ぬれ着ぎ汚よごれ着ぎ身にまとい蓑みのを負いたる者でさえ一厘あらば大丈夫、わしが言うから大丈夫。

針穴くぐれる人となり天にも昇る身となれる。

いかなる罪障ざいしょう、悪因縁、汚れし衣ころもと脱ぎ捨てる。

神信心のありがたさ、かたじけなきは神信心。

正しき心の神信心、以外の事では味わえぬ旨うまい話とわかるまで人それぞれにかかりても結局けっきょくわかる神信心、ありがたきこそは神信心。

それゆえに心に一厘無い者は何が何とてわからずに言って聞かせる事も無い。

げに恐ろしきは神信心、邪心よこしまごころの神信心。

天理教にもわしが出る、キリスト教もわしが行く各宗各派ことごとく金神これより参るぞよ。

わしの姿は見えずともわしの意とする者が出る。

例えて言わば天理教、増井りんなるその者は針穴通るか通れぬかその魂を吟味する裁きの役目の者なるぞ、裁く役目の者達が各宗各派に現われて、神信心の信徒より順々一厘吟味する。

それがわしだと思えども姿も見えず声も無い。

唯ただ、金神が見きわめる。

神信心の者達を上から下まで吟味して一厘宿りし者のみを針穴通して連れ帰る。

これにて申するもろもろは毛筋の幅も違わんぞ、毛筋の幅も違わんぞ。











神をシカリと掴つかみたら何をやりても大丈夫。

何をやりても青信号、鰻掴うなぎつかみの者たちが右往うおう左往さおうをする様がおもしろおかしく見ゆるのぞ。

マツリの型ぞと申すぞよ。

ど真ん中で約り合うた真釣りの型こそ人の身ぞ。

これまでやり来た神信心真釣りの型ぞと申すぞよ。

滑稽こっけいなりや神信心、奇っ怪なりや神信心。

その真ん中ぞ釣り合わぬ奇妙奇け裂、神信心。

自分可愛い一念が鰻掴みとしとるのぞ。

早く知らしてやりとうて地団駄踏んでもおぼつかぬ。

何を拝んでおるのぞと哀れおかしや神信心。

人が言うても聞こえぬし神が見せても気がつかんお偉いお方が申す事これしか救いはござんせん。

お偉いお方が申すなら何が何とていたします。

言われてした事やりた事、わかりましたと申しても鰻は逃げて水の中、何が何とてわからずに謎は深まる一方ぞ。

己が思いを形にし汗だし泣き見て涙してもがき苦しみ道求め神はいずこと渡り来てようやく知りうる神の守護。

これぞ誠の金剛石ぞ、神信心の宝なり。

この宝、ただやりとうて見せたる守護ぞ、あっと驚き仇あだとなる、良かれと思い出す守護に人の取り方逆に出て仇あだとなるこそいと哀れ。

雨風降りて槍やり降りて金剛石が降り出ても唯ただ、中心は人救い、この一点が真ん中のど真ん中に鎮しずまりてシカリと入はいりておりたなら何をやりても大丈夫

その身その者する事は神がするのと同じ事。

何事やりてもピンと出て何事やりてもサマとなる社殿ぬかづき手を合わせ祝詞わあーわあー上げたとて何が何とて何が為、何を拝んでおるのぞと、哀れ滑稽ど真ん中、この一厘が大違い。

違い、気違い、気が振れてわあーわあー祝詞上げたとて神は聞くやら聞かぬやら、哀れ儚き神信心。

自己中心の神信心、自己中心の神信心。











やれと言われてやりた事、誉ほめて称たたえてやりた事、一厘入ってクズとなる。

やれども、やれども誉められず途方に暮れて泣きを見る藻屑もくずの如き行いが一厘入ると徳となる。

夜の切り替えぞと言うたぞよ、世の切り変えぞと言うたぞよ。

夜の時代の勝ち相撲、勝てば勝つほど辛くなる。

負けば負くほど強くなる。

蒔まけ蒔け蒔け蒔け一の種、蒔くけば蒔くほど花と咲き、捲け捲け捲け捲け寅の巻、捲けば捲くほど実みぞ実みのる。

春まけ夏まけ秋にまけ冬にまければハルマゲドン

魔の神、ドンと落ち行くを我ら喜びハルマゲドン

春、魔、下、ドンこそハルマゲドン。

善と悪とは同じ事、大神様には同じ事。

悪があるから善がある、相対世界の実相は互いは互いの証明書、影こそ光の証なり。

陽と陰との融合を日月ひつきで示すこの度の真文明の世界なり。

この事、先にてわかるから、いやでもこれより、わかるから楽しみ事はまだ言わぬ。

東京強しと言うた頃、これぞ、あれぞと言うた頃猫やシャクシを真似まねて貴き豆腐の叩たたき売り豆腐一丁、金かね一兆、一兆積つもうが預けぬ尊き豆腐は蔵ざらえ。

気も振れたりと思いきや、あれを目ざせと騒さわぎ立てやりたる神徳まる潰れ、一厘入ってまる潰れ。

それを煽あおった者たちがそれ見た事かと言う者に、打うって変って翻る転身の術じゅつの見事さに、さすがの神もギョギョギョのギョ、びっくり仰天ギョギョギョのギョ。

濡ぬれ着ぎ汚よごれぎ着さしあう本正見えたるその時の神の残念わからぬか、自己愛は悪の権化ごんげであるなれどここ、のわからぬ利他愛に神の御用は勤つとまらぬ。

あれやる時ぞあれをやる、これやる時ぞこれをやる。

あれとこれとの境目はざかいはあれこれ申さず蹲うずくまれ。

峠来たなら押おし寄よせる。

訳わけのわからん人々が、何とてするで連れ行けと、どこがどうしてどうなりて言われてした事、どこ悪い。

置き去る筋すじぞあるまいと、めくらめっぽう押おし駆かける。

神の残念わからぬか、神の残念わからぬか。











御書ぞシカリと読みなされ、尋ねられてもわしゃ知らぬ。

上のお方に聞きなされ、上から言われ言ち出されこれが良いぞと言われれば、これが良いぞと言うだけぞ。

心、第二のその頃は、わかりえぬのも無理ないがさらに自然に宿りたる神々様の恩恵を取り次ぐ心も持たぬから農作業など目もくれぬ。

これまでこれで行けたぞよ、これぞ夜間の律法りっぽうぞ、そんな無態むたいな時期にいて自己の損徳帰り見ず、そんな無態な打ち出しに逆さからい背そむき楯たてを突つく、そんな逆賊ぎゃくぞくおりゃせんか、逆ぎゃくの逆賊おりゃせんか。

逆の逆から日が昇る、真如しんにょの逆ぞ真理ぞよ。

裏の裏こそ表なり、表返って翻る。

尻に火のつく者たちと、頭に角を頂いた、獣性、神性入れ替えて三千世界ぞ建て直す。

神が表に現われて無碍むげの光で照らすなら、悪業、悪徳出てこぬか、陰徳、博愛出てこぬか。

出てこぬように祈るぞよ、出て来るように祈るぞよ。

神が人様祈るぞよ。

教師の教きょうの狂いたるこの有様は何事ぞ、資格者、失格者この度は神がキチリと片付かたづける。

教師、狂師を立分けて、大神様にお詫びせよ。

狂師、恐師は生み直し、もっぺん一からやり直し。

この事、前にも申したぞ。

どなたか前にも申したぞ。

利他愛の人は地獄に沈むぞよ、自己愛の人は極楽登るぞよ。

ごくごく苦しくごくごく楽でどちらもさっぱり、わからずじまい。

あにはからんや日の出かな、自己を救いに登りし者と人を救いに沈みし者が、逆さとなりしおもしろさ。

昇り昇りて日が昇りゴモクと宝分けんかな。

天下分け目の閻魔堂スッキリ、キッチリ片付ける。

この目誤魔化す事のみをあれこれ企て私案して、一心不乱に嘘を吐く舌は腐りてくると知れ、目の玉腐りてくると知れ、あまつさえ手足腐りてくると知れ、腹も腐りてくると知れ。

利他の愛、耳だこできるそれほどに説いて説いて説き聞かし蔭から守護して来たなれど、わからん魂もういらん、ご機嫌取りはここまでじゃ。

神の戸が開く直前に金が降る、金銀玉が溢あふれ出て人間様の目が眩くらむ。

神が心に宿る人、これにて人様救えると感謝、感激、雨霰あめあられ。

おかげ貰もえば良い人は唯ただそれだけの人々は、あっと言う間に気が振れる。

これにて己れは救われた、ここまで来たら大丈夫どちらがどうとは申さねど、自ら選びし道なれど惟神かんながら、かんながら、他人がさせるやないほどに、神がさせるやないほどに、お徳も錆さびも身から噴ふく。

金神正体明かさぬを知るや知らずや人の世は、バブル、バブルのその頃に濡手あれてに粟あわの屑銭くずぜにを屑が拾ひうて屑使い、屑買いしめたる屑の山。

同じ事柄ことがら二度とする仕組、同じ事柄二度する仕組。

グズグズしておる暇は無い。

悪神、悪仏金が降る、大地が震う真際まぎわまで。

神に焦こがるる人々は喰うや喰わずの食なれど、それでも飢うえず苦しまず、嬉しき事のみ増えてくる。

おかげ中心、神中心。

どちらを神が選ぶやら、攫さらって逃にげて愛めでるやら。











天に召めされしさる方に天のお方は申された。

勲いさおし立たてたるその方に天のお方は問いかけた。

論功ろんこう行賞こうしょう何望む、勲立てたるその手柄てがら、何を褒美ほうびにとらそうぞ。

間髪かんぱつ容いれずにそのお方、天なるお方に望まれた。

一いちの救済望むゆえ尊いお姿踏絵ふみえする。

己が命はいらぬゆえ、後あとは野となれ山となれ。

こういう事になりたれば、どんな者にも手は出せぬ。

時節が来んうち手が出せぬ、どんな無理事、難題も我身投げ出しするかぎり聞かぬ訳わけには行かんぞよ。

金神時節に勝てぬのもそんなこんながありたから肝腎要、勧進帳、金神これぞ閻魔帳。

神幽現の三界の裏に隠れし金神の無念残念三千年この度、時節来たからは怨みつらみを晴らさんと天の御座所おざしょに駆かけ上のぼり三千世界を建て直す。

時節来たりて幕が開く、三千年の序幕なり。

人が神なるこの度の三千世界の幕明けは、火の雨降らす大洗霊、岩戸開きのその時は人が神にて現われん。

この事シカと申したらシカとわかりし者たちとシカとわからん者たちぞシカと分かれる時期と知れ利他の愛、栄える世界ぞ築かんと泣く泣く踏絵ぞした者と、自己の愛、我こそ救うてもらわんと、平気で踏絵ぞした者がシカと分かれる時なりと、金神シカと申したぞ。

天に召されしその方のお名前知らぬと言わせぬぞ。

ご召名しょうめい、知らぬなりとは言わせぬぞ。

キリストの再臨の謎、解くるなり、ほどなく謎ぞ解くるなり。

大神様のお出ましを一身賭として食い止めた尊きお方の論功を、切きりの

主徒ストぞと申すぞよ。

ヨハ子ね、ヨハ子ねは黒ネズミ、キリストならば白ネズミ。

この謎ほどなく解くるなり、この謎ほどなく解くるなり。











気狂いの者に何事説いたとてわからん時節となりたゆえ身支度みじたくいたして下されよ。

神一厘の別れ道、お覚悟いたして下されよ。

これまで大家に住すまいして美飾びしょく美衣びいにてくるまれてノンキ、ノンキの方々は剥はぎ取るものとて多いゆえシカリとお覚悟下されや。

地獄の沙汰は金しだい、金神しだいと申すぞよ。

金神許さぬ金品も物も住居も人さえも通す事無き大峠。

まことごころの人々をまず引き上げて建て直し。

狂うた世界ぞ建て直し。

政治、経済、貿易や種々雑多なる政まつりごと、神信心から衣、食、住、何から何までこの度は一ぺん潰つぶして混まぜ混まぜて一から出直し、やり直し。

誠心が中心の芯しんにシカリと納おさまりて神の守護ぞ息吹きする光輝くものとして世界まるごと生み直し。

その手初めが日本国、東、東と進み出たお東ひがし様さまの日本国、世界の中心ど真ん中。

皇すめらみの国と申すぞよ。

昔々のその昔、言霊ことたまさちわう国なりと申し聞かせて来た事は金龍この度現われて金神の世となるおさしずぞ。

建て替えの渦うずぞ見えたなら、ほどなく渦ぞ見えたなら訪たづねてござれと申すぞよ。

どこがどうとは申さねど渦ぞ日に日に現われて、世のぶち壊こわし見えるぞよ、世の建て直しが見えるぞよ。

色なり音なり薫香くんこうで見え出す頃には気付きづくぞよ。

我われも我もと押し駆けて人垣できて来たるなら、そこがそうぞと申すぞよ。

一旗上げて金神の守護の出所でどころわかりたら、渦がシカリと見えるぞよ。
渦が渦巻き渦となり渦から渦が生まれ出てシカリと物事見える者、これぞ、こうなり、こうなりと疼うずく心も渦巻いて渦にあわせて一踊り。

グズって渦に乗れんだら損になりやと次々に人押し駆ける金の渦、金剛力の金の渦。

身仕度いたして下されや、身仕度いたして下されや。

気の違いたる人々に渦の話をいたしても回る方向違うゆえわかる道理はござらぬぞ。

これまで来たるは暗の渦、押し寄せ来たりた渦巻きは汚よごれ水ぞと申すぞよ。水の禍わざわい、逃れん為の月の守護ぞと申すぞよ。

金神表に出たかぎり真水まみずにいたして押しもどす。

汚れ一切許さんぞよ、汚れ一切許さんぞよ。

一厘違いは大違い、暗あんと明めいでは大違い。

み魂磨いて下されと申してきたるはこの事ぞ。

この道理わかるみ魂となる事ぞ、この道理わかるみ魂となる事ぞ。

金神表に出たからは金銀きんぎん財ざいを降らそうぞ。

これまで我慢を重ねたは金神とても同じ事。

子供欲しがるあれこれを、やれぬは親の不愍ふびんなり。

子の不愍知りつつ見つつ我慢した親の不愍も不愍ぞよ。

これより天下を分けるゆえ上と下とに別けるゆえ金銀財を降らそうぞ。

この大地馳駆し固めし金龍の金剛力はいかほどぞ見せぬわけには納まらぬ。

眼まなこ、開らきて金神の世直しシカと見とどけて手柄上げなん神の子よ。

人は皆、神の子なりて神の宮、中央神が鎮しずまれる尊きお宮ぞ人の身は、眼開きて見よとても道理のわからん人々にこれほどわからん道理無し。

道理、道理は文字通り道の理屈であるからに、道を渡れん者達にこんな道理ぞ知るどうり無しとし申さばそのとうり目開めあき、盲めくらぞ別かれゆく。

金神表に出たるなら目鼻口さえ開けられず立ちて歩くもおぼつかぬ人々どっと出るゆえに、その時シカリと目を開き大地踏みしめ歩むのぞ。

神はこれまで言わなんだ、何が何とて言わなんだ。

一厘隠しは神隠し。

一厘伏ふせねば立ちゆかん、これまでの世ぞ立ちゆかん。

されど時節ぞ来たからは一厘伏せては立ちゆかん、これからの世ぞ立ちゆかん。

ゆえに一厘明かすぞよ、これより一厘明かすぞよ。

神信心、無くばこれまで治まらん、これまでの世ぞ治まらん。

されどこれより神信心、超えねば世の中治まらん、これからの世ぞ治まらん、ここに一厘秘ひめたぞよ。

あらゆる教えは九分九厘、どなたの尊き教えとて一厘隠して九分九厘、一厘隠しはカミ隠し。

わしの神さん一番ぞと、どこの信徒も思とるし、それでなければ神信心、成り立つ筋もあるまいぞ、日月ひつき、出たりと申すぞよ、最後の日月現われて、全ての日月がわかるぞと皆々様に申すれば、わかりてくる者数知れず。

この日、この時、待ちていた、全ての日月はわかりたと言って出る者そこここに現われ出たるぞ、やれ不思議。

これまでの日月神示も九分九厘、何が何とてわからずや、なれどおかしやおかしやと一厘伏せて申したら、あんなものぞと思いきや、一厘の蓋ふたぞ開けたれば、これはおかしやおもしろや、やれ、おもしろや、おもしろや。

目の開く者ぞ現われん、されどこれにて日が昇る。

日月の書ふみにも日が昇り何が何やらわからずに文字見るどころか書さえも手に取る事さえかなわずに足から手から錆の噴く哀れ悲しき人々ぞどっと出るぞと申すぞよ。

目開き盲が別かれゆく時節なりとはこの事ぞ。

越すに越せない大峠、迫せまり来たゆえ申すのぞ。

金神前より伏せていた一厘の事を申すのぞ。

上と下とのど真ん中、右と左のど真ん中、腹の中心ど真ん中、腹帯はらおび締しめて下されや。

こことこことの真ん中にそれぞれ神が降りるのぞ。

人それぞれの真ん中にこの度、神々舞い降りて、人なる肉身に鎮まりて三千世界ぞ建て直す。

世の建て替えとぶち潰し同時に起こると申すぞよ。

どちらに出るかその沙汰は金神次第と申すぞよ。

金神のご沙汰次第と申すぞよ。











金神表に出たならば、そこが都と申すぞよ。

奇想天外、驚天動地、奇妙奇け烈、摩訶まか不思議。

摩訶摩訶不思議な事とても、マニマニ、マニィが顕あらわれて一切合財照らすなら、こんな事ぞとわかるぞよ。

一切合財わかられて拍子抜ぬけしてつんのめり尻もちつかんで下されや、餅もちは臼うすにて搗つきなされ。

餅は杵きねにて搗きなされ、キツネツキではいかんぞよ。

人の世の中終る頃、狐、狐の狐憑きつねつき、上から下まで霊憑り、その九分九厘が狐ぞと人間様にはわかられぬ。

あら、情無や狐憑き、月の守護の時代ゆえ憑きもの有利の時期ゆえに狐きつね、狸たぬきやその他ほかの種々雑多なる憑きものが人間世界に踊り出て悪さしてたと申しても、人の学理で固まりた頭で理解不可能ぞ。

これこそまさにこりこりに狐こ狸り固まりた狐こ狸り狐こ狸りの狐狸の霊ぞと申すぞよ。

こんな手合いのお相手はもうこりごりぞと申すぞよ。

金神表に出たからは、これより人に蟠踞ばんきょした狐狸かたまりが大騒ぎ、上に下にの大騒ぎ、七転八倒するさまが世のあちこちで見えるゆえシカリと見定め下されや、尻餅つかず落ち着いてシカリと見定め下されや。

金神光が強いゆえ表の守護となりたなら今までゆるりと落ち着いて蟠踞していた悪霊が住み所無しぞと泡喰いて跳んで火に入る事となり、わかりてくるぞよ、おもしろや、やれ面白や、面白や。

悪の根絶ねだやしおもしろや。

人の身の頭脳内部のこことここ、ここに狐が住みたなら、やる事なす事狐憑き、キツネアブラゲ好物と申してきたはここの事。

こここそ個々ここの箇々ここなるぞ。

社会人心見わたせば、とても人とは思えない極悪非道ぞ常なりとこれがキツネの常なるぞ。

新聞種とはならずとも少女は売春少年非行、果ては暴行殺人と、あら情無や狐憑き、不倫、不倫と狙うとる人も狐の容物いれものぞ、神をも恐れぬ世の様は神を認めておらぬゆえ、やもうえずとは申しても金神怒髪天を突き、てんつく天突くてんてん点。

天着く、天着く、天天天、天の御座所の天辺で火の雨降らすと思い知れ。

黒龍、赤龍大騒れ暗の帷とばりが落ちるまで、好き放題にさせたるは、次なる世界を産む為の用むきそれぞれありたるを金神密かに知るからぞ。

黒い龍とは海の王、次なる世界ぞ産む為の羊水ようすいなりぞと申すぞよ。

赤い龍とはこの度の世界が産まれる時までの臍へその緒おなりぞと申すぞよ。

この度、時節となり成りて金剛力の龍と成り鳴り鳴りまくり鳴りまくり、悪の親玉九分九厘、九尾の狐も焼くからにお覚悟めされと申すぞよ。

ご容赦ようしゃ一切いたさぬぞ、悪は一切灰となり影さえ落せん世といたす。

その一切の様なるが人の世界の隅々にいかな形で出ようともこの度だけはやめられぬ、やめるわけにはいかんぞよ。

これにて一切お出直し、改心いたさば許すぞよ。

白い狐となれたなら金神許して遣つかわすぞ。

悪の眷族けんぞくわかりたか、聞こえぬ事とは言わせぬぞ。

金神表に顕れた、たけり轟く金龍の雄叫おたび聞こえておらぬぞと不埒ふらちな戯言たわごと、言わさぬぞ。

金神ご容赦いたさぬぞ、一切ご容赦いたさぬぞ。

一切ご容赦いたさぬぞ。











午うまは肥こえよが肥えまいが秋には天てん空くう跳はね上がる。

突如の事ぞと申すぞよ。

空くうを行く午、行かぬ午、喰うに事欠く午も出る。

哀れ、青菜の跳ね上がる前触れなりぞと申すぞよ。

萎しなだれ朽くちたる青野菜、見るも無残な秋野菜、原因不明、意味不明、行けど果て無き枯野かな、と思いきゃ、眼前突如現われん金銀見まえ違たがえたかあっと驚く秋野菜、人々ドンチャカ踊りたる、神の田畑ぞ現われん。


景色ぞ一転、目は二点、その身はスッテン転がりて煮ても焼いてもどうしても、どうにもできない岸からは行くに行けずに彼岸花。

彼岸の岸に行く舟を見送るしかない人々がどっと出たるは可哀そう、ゆえに延ばしに延ばし来た。

世の建て替えとぶち壊し。

改心できるはここまでぞ、ここまでなりぞと申すぞよ。

この豊作は何事ぞ、この凶作は何事ぞ。

吉凶二筋現われて世の建て直しが見えるぞと、ここまでなりぞと申すぞよ。

待ちて待たせて待ち侘わびて、それでもせっせっと野良稼ぎ、わかりし人々野良稼ぎ、そこに兎が出て来たる、コロリ、転げし木の根っこ、それが巨木の根っこなり。

喰い物粗末にした敵かたき、喰い物討うつぞと申し出て、親の敵かたきは子の敵、金神の仇あだを討つなりと野菜、果物、米に酒、果ては貝から魚までが一つ巨木きょぼくに集まりて金神の仇あだを討ちに出る相談あれこれ整いて世に出る事ぞあいなりた。

金神の仇は人救い、何が何とて人救い。

一人も多くの人々を神の御国に連れ帰り、遊び遊ばせ喜ばし金神無念ぞ晴らすぞとドンチャカ、ドンチャカあれこれが一つ巨木に集まりてドンチャカ、ドンチャカ踊りだす。

こんな可愛いものどもが集まる所に金神が行かぬ道理があるまいぞ。

福徳神に身を変えて金神シカリと参まいるぞよ、ドンチャカ、ドンチャカ参るぞよ。

巨木の根っこに金神の顕われ出たるを知りたれば一旗上げてくだしゃんせ、未ひつじに米が当る頃、金銀降らせ、玉降らせシカリと守護ぞいたすぞよ。

改心いたすは午の秋、ここまでなりぞと申すぞよ。

午の秋ぞと申すぞよ。

未が出たなら皮を剥むき敷しき物もの変えると申すぞよ。

これまでビシリと敷しき詰つめた社殿の筵むしろは焼き祓はらい未の皮で紡つむいだる新さらなる敷物敷くからに、これまでした事、やりた事、未に皮を生はやす為、やりたる手柄といたすぞよ、二度と無き尊き手柄といたすぞよ。

嬉し嬉しやこの度は金龍表に現われて金神の世となりたぞよ。

上下じょうげ、左右さゆうに前まえ、後うしろ、全て金神構かまうぞよ。

金神構わぬ前の世は何が何とてわからずにわからず終いで店終い。

金神構いし次の世は何が何とて何事も見透すかし見通とおし見え透すいた水晶世界と申すぞよ。

燦さん、善世界、常とこ立たち開く午の葉菜はな。

上うえで開いて末まつで修める、午々うまうまの建森こんじんの世と成りたぞよ。

午うまで開いて旨うまく治める艮うしとらの金神の世となりたぞよ。











喰い物の怨みは恐いとあれこれと重ねて申し来たる事、いよよ形と現われん。

来たりし秋の恐さかな、あきませんとはこの事ぞ。

午うまが天空舞うなれば、喰い物の値も跳ね上がり、青菜、根菜、米までが天空高々舞い上がる。

こんな物など喰えるかと足蹴にして来たあれこれがこんな者には喰われぬと言い出す時ぞ来たなれば、後のマツリと諦あきらめてお覚悟決めて下されや。

先にマツリをされた方、中央、真ん中ど真ん中、シカリとマツリておる者は、これより先の喰い物をドンドコ作りに出やしゃんせ、金神後押あとおしドンドコショ。

高々と積み上げたるはゴミの山クズの山ぞと思いきや、なんと前まで食べていた彩いろどり豊な食なりが煮ても焼いても喰えぬとは見るも語るも哀れなり。

未ひつじに米は大当り、ドンドコできると喜びておむすびこさえてやりたとて、あっと驚き、その米は喰えぬ人には大当り、触さわる事とてかなわずや。

同じ米でも大違い、一厘違いの米と米。

同じ人でも大違い、一厘違いの人と人。

一厘有ると無いのでは別ものなりぞと申すぞよ。

秋にはあちらとこちらでは隔へだての併へいぞ現われて、隔ての線ぞ現われて、目には見えねど現われて、ヘイ、あきまセンとはこの事ぞ。

ギリギリ午の秋までと申して来たるその日まで、改心いたしてくだしゃんせ。

いずれ天空舞うなどと知らねど、そこここ現われた、物事識しりたる方々を一切合財引き連れて、金神天地に橋を架け、神の御国に連れ帰る。

その日来るまで一苦労、もっ後あと一苦労と申すぞよ。

今が秋ぞと申すまで善悪正邪はあれこれとまぜまぜづくめの混ぜずくし、クソミソ一緒に見えたとて金神シカリと見えとるで最後の我慢ぞ一苦労。

その日、その秋来るまでは、わしはこれぞと思う事、何が何とてやりてくれ。

金神表に出たからは無理事やめて下されや、無理はキッパリ諦めて、心が素直にできる事、ふっと浮びたあれこれも無理なくいたして下しゃんせ。

金神それぞれお手引いて赴おもむく方に連れ行くぞ。

利他がお好きなお人なら利他の赴く方向へ、自己のお好きなお人なら自己の赴く方向へ、それぞれ無理なくお心の赴く方へと誘いざなわん。

交まぜ混まぜづくめも二方向、どちらがどうとは言わんから赴く方へ二方向、どなたもどうこう言わんからお好き方へと行かしゃんせ。

通うとりゃんせぞよ、通うりゃんせ、天神様の細道をお好きな方へと通うりゃんせ。

行きはよいよい通うりゃんせ、お好きな方へと通うりゃんせ。

クルリ、回りて蓋ふた、開きて舞台スクリと入れ替えて帰り道、返り道ぞと申したら、今が秋ぞと申したら、これより先の御用無き、者は金神通うさぬと上と下とに真っ二つ。帰りは恐いと申すぞよ。

その秋来たならアキマ線、併開きま線ぞと申すぞよ。

金神、キッパリ申すぞよ、へい、あきませんぞと申すぞよ。


一厘無しではあきません、心の眼まなこのあき盲めくら、あきませんぞと申すぞよ。

蓋ぞ開いたらあきません、あきま線ぞと来これま線。

金神、この線、付けるぞよ、キッパリこの線付けるぞよ。

金神、あ、キッパリ付けるぞよ。











さらりさらりと出たる事、無理なくさらさら出たる事、これこそなりぞと申すぞよ。

無理なく出たるは神の守護、神の仕業しわざと申すぞよ。

金神表に出た上は、皆々様のお手引いて安全地帯に引き連れてお連れいたすと申すぞよ。

無理なくさらさら行く方に無理せず歩いて下しゃんせ、無理事やるは逆方向、潰す道筋行く事ぞ。

栄えのお道はさらさらと小川の流れと申すぞよ。

行路如流水、ご無理なし。

今は善悪入り乱れ交まぜ混まぜづくめのお道ゆえ、心配無しは無理なれど、神の御役に立つ者を金神守護をいたすのは、わかりきたる事ゆえに、無理事一切ござらぬぞ。

無理苦理通してやり通し、うっとうしきは悪の気ぞ。

神のおこころ、心としすらすらやる事、出来る事さらりさらりとする事ぞ。

無理が出たならやめなされ、素直な心でやれる事スラスラ心は素直ぞよ、サラサラ心は新さらなるぞ。

人様救うお心が芯にご慎座いたしたら後はなんなりいたすぞよ、神にお任せ下されよ。

逆の効果ぞ狙えぞと申うされたるはこの事ぞ、救うは神の務めなり、救われるお人となるは世の務め、尊き人の務めなり、救いは救われ救われる。

人の世スキリとせんうちは、神々様とて救われぬ。

救われたお人となりて下されや、この事、わかりて下されや。

ここさえシカリとわかりたら、人が神さん焦こがるるよりも神は人さん焦がれとる、その幾倍も幾倍も神は人さん焦がれとる、その事わかりてこられるぞ、その事わかりて下されよ。

無理の無いお人となりて下されよ、人らしき、お人となりて下されよ。

ミロクの御世となりたれば、人はこの世の神となりやりたい放題し放題、ほどなく悪罪、悪因縁、スッカリ無くしてお出直し、人はこの世の神となり人間世界ぞお出直し。

今、この時点で申してもわかれと申すは無理せんばん、無理は一切申せんばん。

無理苦理づくしの世の中で無理なく行けると言う事は変に思うも無理ないが無理があるから変なりと知ってしまえば無理もなく無理にわからす事もない。

神は順序と型なりと申し聞かせた事なりと無理なくわかりてくれたなら、無理事一切無うなるぞ。

霊体一致は霊が先、神が先ぞと申すぞよ。

神の世界に無いものが人なる世界に出るが無理、神の世界に現われて人間世界に現われん。

これよりこれで参るぞよ、霊ぞ主体で体は従。

霊主体従、無理なしとこの道理さえわかりたら、神の世界に無いものを人間あれこれ思案して、こねくりたおしてやりたとて霊の世界に無いものはこの度、一切消するなり。

この度は神の世界は清と出て一切合財整いて人の世界に移り込む。

おー恐ろしや、恐ろしや、やれ恐ろしやお恐ろしや。

神の世界に無いものが、ワンサカ、ワンサカ山となり積りしさまぞ恐ろしや。

濁だくに清せいぞ移写すらば、いかにて約り合いとる事ぞ。

おー恐ろしや、恐ろしや。

無理苦理捏こねて築きたる、人の世界ぞ無理の山。

無理苦理一切無うなりた、神の世界ぞ移り込む。

どういう事ぞとあいなるか、おー恐ろしや恐ろしや、恐ろしがるなと申しても、それぞ無理ぞと申すもの、おお、それこそが無理なるぞ。

無理、無理、無理ぞ、無理なるぞ。











あわ善よくば、この橋渡れる時なりと、安心せんで下されや、泡あわしか見えぬお方には、阿波あわの鳴戸ぞ見えたなら、水の泡ぞと申すぞよ。

哀れ哀れぞ、いと哀れ、泡ぞ弾はじけていと哀れ、あわよ、あわよと泡喰いて泡は消え去る事となり、天の橋立て見ゆるぞよ。

この橋渡るか、渡れぬか、神が決めると申すぞよ。

金神の沙汰と申すぞよ。

こうならば、さらりさらりと行かぬ事、やらぬが良いぞと申すぞよ。

神の世界となりたなら霊体一致は霊が先、神が先ぞと申すぞよ。

神がそこまで行かぬうち人はそこまで行けぬぞよ。

この事、わかりて下されや、重々じゅうじゅう、わかりて下されや、嬉しき事のみ楽にして神徳積めると申すのぞ、取り越し、先越し、無理せずにゆったり構かまえ下されや、人なる肉身に慎まりた、神が順々渡るゆえ、いやでもその身は追いて来る。

神の御国に連れ帰る一本橋ぞ渡るのぞ。

その橋立ての鼻先に閻魔がドンと陣を取り、一厘持つ者、持たぬ者、白か黒かを分けるのぞ。

おぬしは絶対許さんぞよ、悪因縁のかたまりぞよ、見るも無惨な魂なれど一厘有るで許さんぞよ何が何とてどうしても神の御国に連れ行くと閻魔が申さば大丈夫。

悪業、悪罪、悪因縁、あっと言う間に水の泡。

あわや、あわやと大慌て、慌てふためく目眩めくるめく、神のお慈悲のありがたさ。

おぬしに言う事ござんせん、どうぞお好きにされたしと閻魔が匙さじを投げぬようシカリと一厘掴むのぞ。

この一厘が別れ道、何が何とて分れ道。

一厘違いは大違い、一厘違いは大違い。

山が見えたら大峠、山が見えたら上下に分れ行くこそ大峠、未練、残念、ヤマヤマなれど、山が見えたら大峠、宝の山でも大峠。

遥はるか下界のそこここに業火燃ゆると申すぞよ。

哀れ人の世燃え尽くす霊火なりぞと申すぞよ。

神徳積みて救われし、神有り思想の人々の出番はここぞと申すぞよ。

ここぞ、出番と申すぞよ、待ってましたと申すぞよ。

神はハイカラ申すぞよ、ポールシフトと申す事、地軸の異変と申す事、人なる肉身に起こるぞと、この度、初めて明かすぞよ。

上から下まで一直線、人の身の内一直線、ポールシフトとあいなりて、上に行く者、落ちる者、この時来たれば誰なりと、その目でシカリとわかるぞよ。

神徳積みて救われし人の助けが無かりたらこの大峠は越えれぬと世間の人々気が付いて、そこここ押し駆け列をなし順々助けを請こう事ぞ。

シカリといたして下されよ、火の禍わざわいの恐ろしさ、凄すごさ惨むごさは人々の憶断おくそく遥か越えた事、神の予想も越えた事、シカリといたして下されよ、この時、来たれば何とてもシカリといたして下されよ。

国の頭かしらと申された、お偉いお方が申うされた。

日本は神の国なりと、それを聞いたる取り巻きは、非難ゴウゴウ野次ゴウゴウ、袋叩きにした上に、詫びろ詫びろと大騒ぎ、神無し思想は大騒ぎ。

外より外より知ると知れ、外なる国の外国人、日の本、日本のご威光をまざまざ知ると思い知れ。

日本、日の本、神国なりとワンサカ、ワンサカ。

押し駆けておろがみ、ひれ伏す事となり、お東ひがし様にぬかづいて、そのご神徳、我が国の我が人民にも下されと請い願う時来たるぞよ。

その日、その時来たるなら、お偉い方々どうなさる、神無し思想のお偉方、どうなさられるおつもりぞ。

いやがおうでも神有るを知らねば峠は越えれぬと無神思想の方々も肝に命じて下されよ。

唯神思想の方々の立分け順次終られて、世にあっ晴れと出たる時世の大峠ぞ越したくば、その方々の、そのお手にシカリとお縋りする以外、術すべ無き事ぞと明すぞよ。

金神シカリと明すぞよ、この度シカリと明かすぞよ。











上下二段と申すぞよ、三段二道はシャカの慈悲、地蔵の慈悲ぞと申すぞよ。

地蔵入滅したるゆえ地底の蔵ぞ開くと知れ。

中途半端の中の段、無くなりたぞと申すぞよ。

神を知るやら知らぬやら、あちぞと言わば、あちに行き、こちぞと言わばこちに来る、なまこに手足ぞ出たような、コンニャクダマぞ用は無し。

中心神の息吹きする兵つわもの集めて出るかぎり、世の建て替えとぶち壊し中途半端で済むまいぞ。

わかれぬ者にことさらにわかりてくれとは申さぬど、一人も多くの人々をこの大峠ぞ越さそうと、裏から小出しにしたなれど、出せば出すほど見えぬとは、あら情無や情無や、神は心底情無や。

お偉い方があれこれと申す表の言葉しか、聞く耳持たぬか、きくらげは、お偉いお方の裏、表、その玉ぎょく眼がんには映らめか、裏の裏こそ表なり、お偉いお方はエライさん、エライ仕事をしとるのに、お口上手のカズノコは、そんな事しか申せぬか。

こんな場所から逃げなされ、こんな場所から逃げなされ、哀れなお声ぞ聞こえぬか。

閻魔、地蔵は表裏、表返って翻る。

地蔵がその身翻し天輪菩薩と現われて光明如来となりたれば上下二段と翻り、何が何とてわからずに何もわからず目の眩む、人々どっと出たるから閻魔はこの事目を伏せて、タンマ、タンマとしとるのぞ、この世のタンマとしとるのぞ。

受ける、受けんは別にして神もジョークは申すぞよ。

恐ろしき事はできるだけ、なるだけ言わんでいたなれど、火の禍わざわいが人の世に、どんな形で出るのぞと、知りておかねばいかん時機、来たゆえ端々はしばし申すぞよ。

行間お読みて下されよ、行間、お読みて下されよ。

神々様とて逃れえぬ火の禍の恐ろしさ。

行間お読みて下されよ。

金神も皆々様にお覚悟をめされと表に出たかぎり金神とてもその覚悟、決めねばならぬと申すほどそのもの凄きことと申すぞよ。

日じつ、月げつ、地ち、一直線に結ばれん、その日、その時天空に巨大な黒ぞ顕われん。

大神おおがみ様さまこと主すの神の神聖極まるご正体。

元極体主王大御神むとふみくらいぬしおおかみのご出御座しゅつぎょ、黒ぞと申すぞよ。

真っ黒、黒の大太陽、人なる世界の天空に顕われ出たりたその時は畏かしこみ慎つつしみ拝おろがめよ。

大地も黒ぞと申すぞよ、上下黒の挟はさみ撃うち、逃げ失せる事はできんぞよ、これまで人類汚したる、海、山、大地、空とても、黒なる世界の中に入り大洗霊を仰ぐのぞ。

丁度、これまできた世界、月の守護にて三千年、水と土とをこねくりて細工、彩色整えて、形にいたして九分九厘、できたる世界をこの度の釜かま入いれの時ぞ来たるぞよ。

磁器、でける時期、直じき来ると金神直々じきじき申すぞよ。

土とは菌きんのかたまりぞ、何億何兆住む菌で、大地成立しとる事、人の学理も知りた事。

人の肉身も土にして口の中にも菌が住み腹の中にも菌が住む。

菌が人の身支えたる、その事誰とてわかるとて、この菌なるの大変化、この度起きんと申すぞよ。

真っ黒太陽出たならば、真っ黒大地と大変化。

人なる内の仰山ぎょうさんの菌もこれにて大変化、これまで人々汚したる海山、大地空に住む仰山の菌も大変化、元の大地に戻さんと、汚濁、汚物を喰いに出る。

発酵するもの、腐るもの、発光するもの、朽ちるもの、上に行くもの、落ちるもの、飛んだり跳ねたりいたすもの、地べたガサゴリいたすもの、二筋できんと申すぞよ。

発酵、腐乱ぞ分れゆく、二筋道ぞと申すぞよ。

人の手足に仰山のプツプツ噴き出てきたなれば、その時なりぞと申すぞよ。

口やら書ふみではこの程度、ここまでなりぞと申すぞよ。

到底、口やら書にては表わす事とてできんから、口やら書ではこの程度、程度次第にわかるぞよ。

聖母マリアがその眼まなこ、お血の涙を流された、その時機なりぞと申すぞよ。

行間のお読みて下されよ、呉々も行間お読みて下されよ。

金神幾度も筆先で世の有様の変わる事、順々知らしてきたなれど、この度出たる書ふみこそは、金神艮とどめの書ふみなりと申しておく事忘れるな。

これより先は新世界、銘々己々筆をとり、神の息吹きぞ元とした千差万別それぞれの新なる書が出るゆえに金神直々出す書はこれぞ艮とどめと申すぞよ。

親神おやがみ天理てんりの書なるも大本おおもとなるの書ふみなるも日月ひつきと申した書なるも全て金神人の世の蔭から守護した文ふみゆえに一厘隠しは神隠し、まとまる事とてなかりたが一厘明かして出す文ぞ、艮とどめにいたすと申すぞよ。

三千世界、紅白の梅咲き揃うと言うた事、いよよ参ると申すぞよ、人の世の隅々までも紅白の梅咲き揃うぞその様がいよよ危難と迫るぞよ。

危難ぞ、気難と迫るぞよ。

白き梅、その真白さぞ清らかさ謹厳実直、律儀なる月の精なる働きを写した梅ぞと申すぞよ。

雪の梅ぞと申すぞよ、白梅は月の精ぞと申すぞよ。

白一面にぞ咲き誇る、雪のお庭は輪止り、雪に雪ではゆきづまり、雪に白では厘止り。

九割九分九厘ぞ、どうすることとてできぬまま、一厘隠しの梅の庭、一輪隠しの梅の庭。

一厘隠しは神隠し、時節待てやと申しても、にっちもさっちもいかぬまま、雪は積りてくるばかり、はてくやしきは梅の庭、さもくやしき南天の赤さなりやと思いきや難点なりやと思いきや、雪霜被かぶりし南天が難転じんと翻り、難点一輪花と咲きまかり出たるや梅の庭。

炒いり豆まめが一輪開いたその梅は紅くれない、臨りんとまかりでて一厘出たりた梅の庭、後あとから後から難点が紅輪こうりんと出る嬉しさや、なんてんことぞと驚けど、嬉し嬉しのその様は、時節待てやと申うされた、時節、これぞと申すぞよ。

紅梅はお日様昇る、その時を明かす梅ぞと申すぞよ、紅梅は日の精なりやと申すぞよ。

日の精なりや火素なりと月の精なる水素とが密合調和の時なりと、ホーホケキョウと鶯うぐいすが法華ほっけの功徳も口々に黎明なりやとホー法華経、東に日の出とホー法華経。

紅梅は日の精いでます芳かぐわしさ、光々こうこうなりやと申すぞよ、香々こうこうなりやと申すぞよ。

時みちて閻魔堂にも春風の戦そよぐ嬉しさ恐ろしさ、木戸が開いたるその時節、閻魔と出たりた大王は、金神なりぞと申すぞよ、艮うしとらの神の出座と申すぞよ。

牛に角つの有り虎に無し、虎に牙有り牛に無し。

角と牙とを合せ持つ金龍なりぞと申すぞよ。

おお、こざかしや、こざかしや。

キリキリ舞いしてござるのが閻魔の眼に写るなり。

浄玻璃の鏡につらつら写るなり、その邪よこしまなるあれこれが、この後におよびて、うつけ事聞いとる暇ぞあるまいに、次から次に沙汰下し早くスキリとせんことにゃ本筋遅れるばかりなり。

もうこれ以上は無理なるぞ、待ちて待たせて、待ち侘びた、世の建て替えと建て直し、遅らす訳にはいかんぞよ。

紅白の梅ぞ一度にそこここに開く時節となりたなら人の世包む空気なる、目にぞ見えずに万人を守護して参りた水の精、空気なりやと申すもの、それぞ一変すると知れ。

やれ、恐ろし気は空気界、空気、気難と迫るぞよ、紅白のその間をば隔へだてたる、金の川こそ金龍神。

光輪こうりん模様もようの金の川、金龍昇天する際の金剛力ぞと申すぞよ、金龍神、現れましにけると申すぞよ。

水ぞ逆さに登るぞと申しきたるはこの時ぞ。

火素と水素が一致して主スの形と成りた時、幽界なりぞと申し来た、天地間なる空気界、一変するぞと申すぞよ、金龍出たりと申すぞよ。

空は○マルにてクウなれど、キ・が中央、ど真ん中、融合いたすと申すぞよ。

人の世包む○クウと・キが次々融合一致する、この一瞬の大気難、ほどなく参ると申すぞよ。

空○クウ、気・キ、空気クウキの大危難、危難気難の大変化。

空気吸えるか、吸えぬのか、己々、神がこの度は選択いたすと申すぞよ、魂の洗濯できたか、どうなのか、選択いたすと申すぞよ。

裁きの庭とはこの時ぞ、三千世界ぞ梅の庭、一度に開くと申す事、この事なりぞと申すぞよ。

神の許しの無い者は、息する事とて叶わずに、目鼻口とて開けれずに足腰立たぬと申すぞよ。

「恐怖時代」と申された、重ね重ねて申された、その恐ろしき、その時節、いよよ来たると申すぞよ。

紅白の梅ぞそこここ咲くならば人によりてはその空気、その霊気なる、そのクウ、キ。

毒ガスなりぞと申すぞよ。

改心いたして下されよ。改心いたして下されよ。

神がここまで筆に出す、いよいよの時となりたぞよ。

今までした事、やりた事、良いや悪いや思うより、戒心いたして下されよ。

紅一輪べにいちりんは悪の花、悪に隠れし神一厘、これまで悪ぞと説いてきた、悪ぞ悪ぞと説いてきた、紅一輪ぞ悪の花。

この一厘のわかる人、わからぬ人ぞと出て来るが、そんなとこまで行けぬ人、到底行けぬそれ以前、箸にも棒にも楊枝にも掛からん者ぞ次々に、丘に上がりた河童かと、はたまた金魚が鮒ふなに鯉こい、パクパク口くちを開けたまま、地べたバタバタ這はう様を、見たら何より改心ぞ、わからん人とて改心ぞ。

戒心なくばわからぬぞ。

改心するより他無いと何より金神申すぞよ、戎心なりぞと申すぞよ、回心なりぞと申すぞよ。

回心なりぞと申すぞよ。











叱りて分れる事ならば、きつく叱りてやるなれど、説いて分れる事ならば、つらつら説いてやるなれど、この事だけはどうしても、押しても引いても揺すりても、わかれる道理と違うから、ここ一厘は人任せ、人間任せと申すぞよ。

この事わかれる方々が出る程、道は別れ道、分れと申せど別れ道、わかれる人々増えたならわからん人々増えるぞと、道は二手に別れると、金神言う事、わかれるか。

理屈にて、わかる、わからん別にして、神が有るやら、有らぬやら、これまで続いた無駄話、この一厘にもケリの付く、分れ道ぞと申すぞよ。

経たてと緯よことが結ばれん、形を字にして十の字の、その真ん中のど真ん中、ここの話のわかられる、お人と成りて下されや、まことごころが芯に有る、お人となりて下されや。

経と緯との結び目は経から見てもここにして、緯から見てもここにして、どちらもここしかごさんせん。

こことこことの結び目が、こころなりやと申したら、まことごころと申したら、神の心のわかられる人達、わからん人達が二手にお別れする時ぞ。

ここで一断ちいたすぞよ。神から見ればこの話、わかれ話と申すぞよ。

ここの話のわかられぬ者に御用は務まらん、ここらでここにケリ付けて出直す時ぞとなりたので、こことこことのど真ん中、心の事にちと触れて、どちらも心を残さずに、心残りはいたさずに、わかれ話をいたすぞよ。

一厘は人間任せと申すぞよ、神は人間創造つくする時、あれこれ苦心したなれど、それはどうこう言わんから、恩着せがましく言わんから、分りてほしいは唯ただ一厘、こころ一厘、ここ一厘、ここの一厘知る事ぞ。

人が言おうが言うまいが、これしか無いぞと思うもの、人がやろうがやるまいが、わしはこれぞと思うもの、芯から湧くもの出づるもの、溢れ溢れる真のもの、その出所が心ぞよ。

経と緯、こことこことの結び目の芯から出いずる、真心まごころに神の住む人、住めぬ人、別れ行くぞと申すぞよ、分れ行くぞと申すぞよ。

旨むねに一厘有る無しで分れ行くぞと申すぞよ。

中途半端は無くなりて二筋できると思すぞよ。

この度だけは何とても、どうでもこうでも二筋の道になるぞと申すぞよ。

まこと、まこと、もこことここ。

中心真ん中、ど真ん中、まことごころと申すもの。

全て解決いたすもの、まこと、まことのここと、ここ、神が宿るか宿らぬか、この事わかりて下されよ、この事わかりて下されよ。

四角四面で真っ直ぐな、カチリ、キチリも誠なら人良し人良し、お人よし、まず人様ぞと考える、柔やわい誠も誠ぞよ。

別々なれば役立たず、どちらの誠も野垂れ死に。

一本通りて柔らかい誠心に神が住み、やがて栄えの道となり、いや増、栄えの道となる。

一本通らずガチガチの誠は誠と言えぬから、神々様は目も呉れず見向きもせぬからさようなら。

さような事なら、さようなら、わからんままにてさようなら、何が何とてわからずにわからんままにてさようなら。

我身可愛い一念で、まこと、まこととほざいても神から見ればその誠、困った誠と申すぞよ。

困らん誠は独こ楽ま回まわし、中心心棒ドンとすえ、あれこれしたとて心棒は上下一途いちずに貫つらぬいて、何が何とて譲ゆずらねど心棒奥にひた隠し、へらへら人良し、お人良し、心棒強いお人良し、辛抱強いお人良し。

人にはシンボウ第一で金と言う字となるとやら。

どこぞのお方が申された、その言葉こそ金神の金なる世のお指図と金神この度申すぞよ。

誠なるかな、誠かな、経緯誠結ばれて、二つ一つに融け合うた誠心となるならば鐘が鳴るなり、金が成る。

金神行くとこ、出る所、鐘鳴りやまずと申すぞよ。

金成り山積みと申すぞよ。

新時代、来たりて御用に使わんと、仕度させたるあれこれがお蔵開いて出て来ても、びっくりせんで下されや。

跳んだあれこれ出て来ても、びっくりせんで下されや。

跳んだ事とて思う程、跳んで飛んで飛び回る、羽の生えたる人間や角の生えたる人の出る、跳んだ事とて起こりても腰抜かさんで下されや。

こことこことのこの話、忘れずお仕度下されや、地べたガサゴソ這いまわる、惨い有様見えたとて心残りはいたさずに、天の時ぞと諦めて、キッパリその事諦めて、飛んだり跳ねたりしなされや。

こことこことがあるのなら、まことごころが有るのなら、どれ程贅沢いたしても金神文句は言わんから、飛んだり跳ねたりしなされや。

弥勒みろくの御世なる金神の世の隅々のあちこちで、飛んだり跳ねたりしなされや。

こことこことが有るのなら、誠心が有るのなら、やりたい放題し放題、ご遠慮一切いらんぞよ、ご遠慮一切いらんぞよ。











この大地馳駆し固めし親神おやがみのこれまで隠れし賤しずの家は金銀財の溢れ出る鐘の鳴る家と早変り。

人の立分け終る頃、大地二手に張り裂けん、時、近づきて気付けども、足腰立たず目も見えず、どちが前やら後やら、阿鼻叫喚に耳塞ぎ、振り向かぬこそ大峠、地べたガサゴソ這う様を振り向かぬこそ大峠、今は暗、善悪正邪は入り乱れ混ぜ混ぜづくめの大晦日、三千年の大晦日。

晦日暗ぞと申す事、鐘ぞ鳴るぞと申す事、シカリとわかりて下されよ、百と八つの梵鐘の訳わかる時来たりなば、目睫の寸前、真近と申すぞよ。

神の情なさけのわかる人、何もわからずこれまでの煩悩共々滅ぶ者、誰が目にとてわかる時、目睫なりぞと申すぞよ。

この暗抜ければ往環道おうかんどう、上下一本貫いた、世界、一列いちれつ、一平ひとたいら、何とて見え透くミロクの世。

世の正月ぞと申すぞよ、代の正月ぞと申すぞよ。

元旦や昨日の鬼が礼に来る。

金神に豆をぶつけて栄えたる天あまの邪じゃ鬼くとて礼に来る、昔の鬼が礼に来る、今の鬼とて礼に出る。

その時鬼族無くなりて世界国家といたすぞよ。

この事わかりて下されよ、重々わかりて下されよ。

鬼の金棒捨てなされ、心に金棒握りしめ、にらみきかしておるうちは、いつまでたてどもわかられぬ、わからぬ棒にわかられぬ。

いままでやりきたあれこれが、根棒みたく固まりて、心の棒となりたるを知らぬ存ぜぬわかられぬ。

悪鬼と身を変えやりた事、羅刹らせつとなりてやりた事。

折角尊きお手柄が、金棒握りておるうちは、何が何とてわからずに、悪鬼羅刹の姿から解脱できぬと申すぞよ。

鬼の頭かしらをかたどりた、屋根に頂く鬼瓦、あのもの凄きつらがまえ、月の守護ぞと申すぞよ。

これまで出たりた神信心、どことも月の守護にて上より睨にらむは月の神、鬼瓦なりぞと申すぞよ。

この樹登らば鬼女となるべし夕もみじ。

神信心をしたならば鬼女となるぞと申すぞよ、これまで出たる神信心、どことも鬼女ぞと申すぞよ。

胎たい臓界ぞうかいと申された三千年のこれまでは、鬼女の身内、腹の内、お復のややこを守らんと、鬼女と身を変え突き進む、哀れ悲しき鬼女なりが神信心ぞと申すぞよ、那美なみの身内と申と申すぞよ。

子供可愛い一念が、女の業ぞと申す事、宿業なりぞと思す事、世の誰なりとわかるとて、これまで来たる宗教が、それぞれ業で戦いて競うて来たぞと申す事、知る時なりぞと申すぞよ。

身の内孕はらみし次世代をりっぱに世に出し送り出しその日その時来るまでは、何が何とてふんばりて鬼が邪にとてならいでか、この事おわかり下されよ、この事おわかり下されよ。

神信心のお方達、ここをわかりて下されよ。

今までした事、やりた事、鬼女の御用と申す事、どれ程尊き教えとて、一厘隠してやるかぎり、拡め拡めてやるほどに、真の救いはできぬから、ツキ、ツキ進みて突き進み振り向く時ぞ来たならばひっくり返ると申すぞよ。

今までした事やりた事、良いや悪いやそれ以前、あきれかえると申すぞよ。

神信心の方々や宗教界が真っ二つ、別れ別れとなる事のその根本はここなりと金神初めて明かすぞよ。

羊水、臓盤、お臍の緒、どれとて大事な腹の内。

子に栄養ぞ与えんと、御自身喰らうもこれ大事。

何より御自身大事ぞと喰らい喰らいて突き進む、自己愛大事と申すぞよ。

自己愛は悪の権化であるなれど、ここのわからぬ利他愛に真の利他愛わかられぬ。

次世代生まれた暁は、それまで大事なあれこれも不浄なりぞと申されて、これより用無し役目無し。鬼女のお面も御用済み、お面取れるか取られぬか、御面な去れぞと申せるか、御免なされぞと申せるか天下御免の別れ道、なに程、どれ程あれこれが隅々充分できたとて、鬼女の役目はここ止り、ここ一厘にて厘止り、ここ一厘にて輪止り。

あとは子達があれこれをそれぞれ銘々楽しむを、高いとこから眺めては楽しみたいが親心、親神なりぞと申す事、重々わかりて下されや。

陰気暮らしは月の守護、鬼瓦なりぞと申すぞよ。

陽気暮らしの世となりて月様高みに行かれたら、お多福飾りて下しゃんせ。

世界一列皆我子、鬼の頭と成り果てて、心痛めて身を痛め、取りい出したる我子なら分けも隔てもいたさぬと月様申して下さるぞ。

神信心の方々はどうぞお覚悟下されや。

鐘の鳴る時来たなれば、上に行くもの、落ちるもの、双方お覚悟されたしと、金神覚悟で申すぞよ。

金神とてもこの度は、覚悟の上で申すぞよ。

覚悟、覚悟と申すぞよ。











信心個々ぞと言うたぞよ、銘々一人は一の種。

尊き尊き一の種、人が飯喰い用を足し、それにてその身立ち行くか、立ち行く道理ぞあるまいに、人のお徳にしがみつきどこどこまでも参ります。

小判鮫でもあるまいに、そんな信心増すばかり、後から後から沸いて出る。

己れの救済乞い願い何が何とてする者が千人万人沸いたとて楽園世界ぞ出来まいに、わしは人様救いたい、何が何とて救いたい、そういう者ぞおるだけで、そこは極楽突き抜けた天国なりぞと申すぞよ。

峠、峠、大峠、近み来たのが見えんかな、見えぬ者にはもう見えぬ、捨て去る古着、いちいち洗い干して乾かす者は無い、何が何とてわからずに、消えて行くのぞ、いと哀れ。

準備期間は1ヶ年、午年迎えて1ヶ年。

それより早よても遅うてもこの救済はまる潰れ。

金神この事三千年、大神様は幾万年。

仕組みの準備をされたゆえ潰す訳には参らじぞ。

午うま年、青菜跳ね上がり未ひつじに米は当りだす、それが合図の時なりと明あけの烏からすが鳴いたれば辛酉かのととりまであとわずか、飛んで火に入る夏虫とミロクの民は真っ二つ、きっちり、すっきり立分れ、彼岸の岸ぞ舟が行く。

これよりは電光石火で参るぞよ、神の裁きに待った無し、目にも止らぬ早技で、善、悪、正、邪ぞ別けに出る。

一目瞭然、千里眼、見抜き見透し、まるわかり。

邪心よこしまごころの人間は唯ただの一目で判わかるぞよ。

中心なりぞと申すぞよ、中心なりぞと申すぞよ。

百花爛漫咲き誇るキンピカピカのお人とて、悪業三昧垢塗あかまみれババチイ、ババチイお人ととて、神の目で見りゃ同じ事、双方まったく同じ事。

なぜに、いかにてその様は、さような姿となられたか、一目見た時わからいで、判らんような事なれば、神ぞと申して偉そうに人様裁ける訳ぞ無し。

閻えん魔ま、焔摩 えんまは千里眼、この世の閻魔は千里眼。

神々様とてよく見えぬ、人に宿りし一厘ぞ、手に取る如くに判わかるゆえ、この世の閻魔と申すぞよ。

月の時代の終る頃、月下美人ぞ咲くと知れ。

この世の閻魔と出たるなら月下美人か不美人か、人それぞれぞと申すぞよ。

金神閻魔の長なれど、この世の閻魔は恐いぞよ。

この世の悪罪、悪業は全て見透し見抜くから、この世の閻魔と申すぞよ。

ここ一厘は情なさけぞよ、こころ一厘情なさけぞよ。

情無ければこの閻魔、なにほどあれこれできたとて情無き事する者に、一切情かけぬぞよ、情無きほどかけぬぞよ。

ここをわかりて下されよ、こころわかりて下されよ。

人の身のこことこことが結ばれる、ここが情の出所ぞ、ここに情が無いなれば情無いとはこの事ぞ神のお情わかられる、お人となりて下されや。

無理難題のその頃は肉身の情ぞ振り捨てて、たとえ火の中、水の中、悲願成就のその日まで、お情無用で参り来た。

月、月、ツキにて突き進む、情は悪ぞと説いて来た、子年ねどしまでお情無用の御時世ぞ。

善悪正邪は入り乱れ混ぜ混ぜづくめの月の下。

どうぞ凍こごえて下さるな、どうぞ凍えて下さるな。

月は皓々照らせども、心は荒すさんでいくばかり、情凍えていくばかり。

日月ひつきなりぞと申すぞよ、これより時節入れ替り、日月なりぞと申すぞよ。

日月一つに結ばれん、ここ一厘ぞ情なり、明めいの時代となりたれば充分御用に使わんと、腐らんように雪霜をかけて被せて隠し来た、悪一厘は情なりここ一厘は情なさけなり。

ここ一厘シカリと掴みて下されや、シカリと掴みて下されや。

情無き閻魔が情に目が眩みトンマなエンマと見える程、閻魔の眼ぞ曇らせる、お人となりて下されや、歓喜に裁きの無い如く、情にお裁きござらぬぞ、今までした事、やりた事、良いや悪いや思うより、これまでやりきた様々の奥に脈打つ神の愛お情わかりて下されや。

神のお情わかる人、わかる心のお人なら、どちらが神ぞと思う程、りっぱな御用に立てるのぞ、神のご守護をするような、たいした御用に立てるのぞ、この事隠して言わなんだ、ここは金神情ぞとこの度初めて申すのぞ。

わあわあ、閻魔が取り乱し、情無い事、情無い。

閻魔の眼ぞ曇らせる、お人となりて下されよ。

月下美人か、不美人か、月下美人か不美人か。

泣かぬ閻魔ぞ泣いたなら、利他の情と申すぞよ。

自己の情でこの閻魔、泣きも笑いもいたさぬと、金神情で申すぞよ、情、情と申すぞよ。

悪ぞ善、善ぞ悪、悪ぞ善ぞと申すぞよ。

悪無いなれは善なりといくらえばりて申しても、証明でけぬと申すぞよ。

善悪正邪ぞ練ねり混ぜて捏こねて捏ねて捏ねたおし、スパリと解決いたすぞよ、桃の実出るぞと申すぞよ、桃の実の玉出たりなば全て決着いたすぞよ。

筆先ここまで出たるなら、み魂次第と申すぞよ。

もうこれ以上は銘々の感性次第と申すぞよ。

難しい事言う神と、わからん事ぞ言う神と、眉背けんで下されや、これまでした事、やりた事、善や悪やとこだわりてその先行けん事ならば残念無念と申すぞよ。

神のお心こころとす、おこころ貰もろろうて下されや、他ほかはなんにもいらんから、お心貰ろうて下されや、それさえシカリと貰うたら、その他たはあとから着いて来る、いくらいらんと申しても、あとから、あとから着いて来る、なんぼなりとも着いて来る。

逃げても逃げても着いて来る。

こころ、こころぞ、心ぞよ、まことごころと申すぞよ、誠心と申すぞよ。

白紙になりて下されや、桃の実の玉出るまでに、白紙となりて下されや。

今までやりきた様々は全て夢ぞと申すぞよ。

理想世界ぞ生む為の悪夢なりぞと申すぞよ。

寝る子は育つと申すぞよ、練る子は育つと申すぞよ。

練って練って練り上げて二つが一つと成り成りて桃の実出動したなれば、夢から醒めると申すぞよ。

雲散うんさん霧消むしょうと申すぞよ、雲散夢消と申すぞよ。

温ぬくめる事しか能の無いお日様なりぞと申す方。

冷やすしか無いお月様、どちらの主あるじも不完全。

貴き方とて不完全、一厘欠けては不完全。

無限絶対なる方が完全無欠のままなれば、何も無いぞと申すぞよ、はなから何も無いままで無限になんにも無いままぞ、無無無ぞ無の世界、元は無ぞと申すぞよ、無が元ぞと申すぞよ。

二極一体成り成りて二つ一つに融け合うて完全無欠に帰る時、桃成る時機ぞと申すぞよ。

元どうり戻る時節と申すぞよ。

カミガタなりぞと申すぞよ、神型なりぞと申すぞよ、解けた世界ぞ結ばれんカミの型ぞと申すぞよ。

日月、日月と筆に出す、日月桃ぞと申す事、どうぞわかりて下されよ、これぞおわかりくれたなら、善ぞ悪ぞとそしり合う時期は終りと申すぞよ。

善と悪とは同じ事、大神様には同じ事。

善悪正邪は入り乱れ、これまでやりたる様々は、人間世界に神型ぞ造らせ賜うた大手柄、尊き手柄と申すぞよ、あっ晴れなりぞと申すぞよ。

意い富お加か牟む豆づ美みの発動と重ね重ねて申された、祈ねぎ奉たてまつり申されたその夢叶う時なりと金神シカリと申すぞよ。

これぞ、これさえ出たるなら水の泡ぞと申すぞよ。

これまでやりたる様々な善や悪やとののしりて、出たりたゴモクやカスやらが水の泡ぞと申すぞよ。

阿波の鳴戸の渦巻きでかき消し行くぞと申すぞよ。

今、この時点で申したら本末転倒いたすから、嬉しき事は干ト伏せて桃源とうげん郷きょうはこことここ、ここにできると申すぞよ。

トンネル出口ぞ見えたなら、お楽しみぞと申すぞよ。

暗ぞ抜けたら桃源郷、天なるお方がしたためた、シナリオどうりに参るぞよ、ウキウキいたして下しゃんせ、ワクワクいたして下しゃんせ。

桃源郷はこことここ、ここにできると申すぞよ。

ここまで来たならここ次第、銘々次第と申すぞよ。

金神言う事、見せる事、個々次第ぞと申すぞよ。

ここ次第ぞと申すぞよ、こころ次第と申すぞよ。











紅白の梅咲き揃うは午うまの春、桃はその後ごと申すぞよ。

神のお扉開くまでに立分けお済ませ下されよ。

この世の閻魔と出る時節、一切衆生は知らぬ事。

神々様とて知らぬ事。

旨むねに一厘有る無しをシカリと見抜いて下されよ。

犬が西向きゃ尾は東、東西終わりが見えたなら、お東様のお出ましぞ、岩戸開きにお出ましぞ。

籠の上なるこの竹は幽界なりぞと申すぞよ。

籠の下なるこの龍を金龍なりぞと申すぞよ。

鶴と亀との泣き別れ、神々様とて知らぬ事、この事金龍説いたなら、神のお扉真っ二つ。

右と左に泣き別れ、兎、家鴨あひるの別れ道、この事、金龍説いたなら、神のお扉真っ二つ。

上へ下へと生き別れ、その真ん中のど真ん中、証が出たなら角つのが出る、上と下とに角が出る。

おてんとうさまが昇りたら、金龍上のぼりてミロクの世、金神の世となる嬉しさや、嬉し嬉しの様なれば、こんなお人をお道具に金神これより仕度する。

表の蔭より現われて、これより密かに仕度する。

金神の隠れ忍ぶる賤しずの家は艮うしとらなりぞと申すぞよ。

あんなお人となるまでは、いま一苦労ぞあるなれど、これぞ嬉しき苦労ぞと、神のお扉開くまでに立分けお済ませ下されよ。

証、いちいち出したるを、重々わかりて下されよ。

一 出したるを十わかるイヅのみ魂であるがゆえ裁きのお役目託すぞよ、金神シカリと託すぞよ。

一点一角狂い無い閻魔とお出まし下れよ。

神のお扉押し開く、岩戸開きの時期となり、開かずの扉ぞ開け賜う、お東様が出られたら、いかなる悪罪、悪業も全て手柄とされるから、シカリとお裁き下られよ、シカリとお裁き下されよ。






こちらも例に漏れず、長くダジャレたっぷりの予言です。



ギリギリ午の秋までと申して来たるその日まで、改心いたしてくだしゃんせ。

午うまは肥こえよが肥えまいが秋には天てん空くう跳はね上がる。

突如の事ぞと申すぞよ。

空くうを行く午、行かぬ午、喰うに事欠く午も出る。

哀れ、青菜の跳ね上がる前触れなりぞと申すぞよ。

萎しなだれ朽くちたる青野菜、見るも無残な秋野菜、原因不明、意味不明、行けど果て無き枯野かな、と思いきゃ、眼前突如現われん金銀見まえ違たがえたかあっと驚く秋野菜、人々ドンチャカ踊りたる、神の田畑ぞ現われん。



午の秋って、2014年。次は、2026年。
2020年は、子の年だから2026年である可能性はある。
だとすると後10年は猶予があるのだが。


そういえば伊勢女の秋の予言

「秋」は日本ではなく、中国とアメリカが原因でお金自体の価値、食べ物の価値が変わってしまうようなことが起こってくるみたいです。混乱を招きたくないのでこれ以上は書けません。

日本は意外なことに影響がないのです。中国が日本を攻めてくることもありません。中国がアメリカに対して紙屑にするのかとケチをつけ、だったらこっちから紙屑だとアメリカが騒ぎ出して行きます。もうこれ以上は書けません。


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日月神示 赤玉白玉 読解

http://oonotomoyuki.chicappa.jp/newpageakatamasirotama.htm

昨年にて富士の仕組は終り(1999年に富士の仕組み終了)、鳴門の仕組に入るぞ、琵琶湖は鳴門の仕組の型示しでるぞ。(鳴門の仕組みとは陰)
心してかかれ。鳴門とは渦海(渦のマーク)のことじゃ。
渦海にて大きく動くぞ。この現象界では、大切な御用なれど、渦に呑まれてしまうなよ。
鳴門の仕組とはこの現象界を動かす原動力となるぞ。その始めが琵琶湖からじゃ。
富士と鳴門は、二つでひとつじゃ。(陰と陽)先ず富士がありて鳴門が動くぞ。

この仕組によりて普段、目にしなかったことが、目につくようになるぞ。
腹が坐っておらぬと右往左往するぞ。心してかかれよ。神が始めに導き、人が後に付いてまいるぞ。
この仕組は、神人ともに働く大きな意味での型示しであるぞ。

琵琶湖は様々な意味合いあるなれど、この働きは神でないと分からん。人は後になって分かる仕組なれば、神が良きように使って見せるぞ。
水は流れる如しというように高きから低きに流れるぞ。また逆もあるぞ。水の流れる如く心を流してはならんなり。
真中(まなか)大切じゃなあ。真中が神じゃ。(そういえばUFOと麻で有名な中山さんに取り憑いてる知的生命体の名前もマナカ)

真中がわからないと水の如く流れるぞ。(美鈴先生が流されないように津波が起きたと言っていた)
富士の仕組は真中出しじゃ。真中が出て始めて渦芽が動くぞ。猿田彦殿と、天之宇豆女殿であるぞ。
心してかかれよ。この仕組言うてはならんし。言わねばならん。神と人も同じであるぞ。

平成の御世はここに来たりて、始めて日の目を見るぞ。(まだ本当の意味で平成ではなかった)恵比寿・大黒の働きじゃなあ。

神が表に出ると言うても直接には分からん。言葉でとるよりも心でとりてくだされよ。心は九九路じゃ。九九理(ククリ)の道じゃ。竹で表しておるぞ。一つの大きな節目でもあるぞ。ココロしてとりて下されよ。 (平成12年1月9日)

※ 真中(まなか)とは三種の神器で言うところの勾玉に当たり、他の言葉で言えば「中心の光」とか「聖なる光」とか呼ばれているものである。これにより我々一人ひとりが神の分け御魂をもらっていることでもあり、一人ひとりが神の分け御魂をもらっていることでもあり、一人ひとりが神であることの証でもある。一二三でいうところの「二」の座を指す。それに対して「一」と「三」は相対の働きを意味する。絶対と相対の違いでもある。
(鏡が陰で剣が陽で勾玉が真中。一が陰で二が真中で三が陽? 三位一体、太陽と月と地球)

神が表に現れるぞ。神が表に現れるぞ。よいか、覚悟をしておけ。神が表に現れたらどうなるのかとくと見ておけ。神の力を見せてやるときがきた。神人共にあらわれてこの世の立て替え建て直しをいたすぞよ。この神の力をとくと見ておけ。世の中ぐらんと引っ繰り返るぞ。この神の力でないと何もできん。
今までの神の力とはケタ違いの大きさであるぞよ。よいか、覚悟をしておけ。神の力の神の力を見せてやる時がきた。 (平成12年1月13日)

大神の 大御ハタラキに 感謝して 明けて日の出の 光となれよ (1月21日)

感謝が感謝を産む。これが世界平和の意乗り。価値観が一八十閉めの元となっている。
赤玉は愛、白玉は力である。ようよう九九(ここ)までたどり着いた。長い旅であった。
全てが蘇る。力は力として、愛は愛としてその本来の姿を輝きだす。全てはこの中にあり、それが現実界の中で動いているのである。

現象も必然、必然であると分かるとそこに、価値判断、二元の価値判断が無くなってくる。
恐怖と安心が力と愛によみ返り、本来の姿に戻ってくる。ここにおいて本来持っている力が発揮されることとなる。○○○も本来の姿に戻りその力を十全に発揮する。これが全てがよみ返る元である。
キリストもこれによって自らがよみ返る。キリストの復活とはこのことであり外にも型として出した。
自分が自分としてよみ返るのと同じである。ただ、今の中にいれば良い。
すべて四(次元)で作られしものがこの三(次元)に変っているのである。
四次元で作られしものが明らかになることが(四三)返りでもある。
また三次元で出たものがそれで価値判断を作って又、四次元に返っていく。すなわち価値判断が千引の岩戸でもある。
このようにして全てが相互関係で動いているのであり、これもカルマという。このカルマ(法則)は誰が作ったものでもない。自らが作ったものである。この法則を使って神が神であることを体験していくのである。
神が神を産んでさらに新しい神を創り出す。この様にして創造は無限に続くのである。神が神としての力を無限に発揮する為にはこの法則=二十○二(フトマニ)を使うのである。
このようにして無限に続く創造は愛と力によって裏打ちされている。この愛と力とは法則という動き、働きを使って、また自らが創造に加わるのである。
この様にして全てが大いなる循環の中で動いており、それも自らが自らを産んで行く創造の過程となる。創造が創造を産み、更に又、その創造を産んでいく。これも神が神たらしめる力である。
神がこの肉体を使って明らかにするのは初めてではない。神は常にそうであったし、そうであるし、そうであり続ける。今の中に全てがあり、それ以外には無い。神が表に現れるということはこのことを指す。これは誰でもそうであり、本来の姿である。左に隠しておいたのは、神であり、神が外にあるのではなく、全てこの肉体に隠れているのである。神が見たいのなら自分の左をみよ。これが隠してある神である。隠してあるというのは一番身近に隠しているのであり、外にさがしても無い。神が表に出ること、右、すなわち三次元世界が又、よみ返るのである。
全てが一番近い所に隠してあるのが見えないか。(全ては型示しとして、示されている)これが見えないと神は見えない明きめくらぞ。

この様なものは昔から神界の仕組の中で仕組まれておる。よみ返ってきたか。力が力としてよみ返り、愛が愛としてよみ返らなければ本当の力と愛とはならない。この者を使って神が神としてよみ返り、表に現れている。神の力と愛とは、一人ひとりの内にひそんでいる、蛇が龍に変るぞ。一人一人の神はこの様にして肉体を使って現れるようになっている。少しはよみ返ったか。
神仕組は、外にあるものではなく、全て己が内にある。己は巳(蛇)であり、力の元となっておるぞ。この力を使うことにより、巳(み)が龍となるのであるぞ。全ての源がここにある。
蛇を封印したのはそなた達であるぞ。これが蛇が龍となり、全てがよみ返ってくる。
神が神として解き放たれる時であるぞ。神の仕組は仕組として受け取れ。素直が一等だぞ。
素直にまさる力はない。これにより愛が生まれるぞ。力は源と申したであろう。男は力の象徴としてある。女は愛の象徴としてある。歌が産田としてよみ返る。神(田)産む力である。
神が神としてよみ返るこれ程嬉しいことはない。神が待ち望んだことである。

出産の喜び。女でしか分からないであろう。男は力と申してあるが女は全てを産みだす元である。
愛が根底に流れているぞ。光、全てを産み出されて光が聖なる光となってこの地にふりそそぐ。
光が光として本来の力を発揮する光であるぞ。神がよみ返る。音と光となって。全てがよみ返る。
神が神としての誕生である。神が神としてよみ返らなければ、神としての力が発揮しない。
岩戸閉めは自分であるぞ。全ては自分の中にある。何を選択しても良いというのは違う。全ては初めから決まっておる。神が神としてよみ返ると全てが分かる。
形が形として留まらなくなるのは、よみ返る力が無いからだ。神が神としてよみ返るのはかくの如くである。
全て神が神としてのよみ返り=誕生を待ち望んでおる。全てが仕組の中であり、この仕組から出ることは出来ない。歌は祝いの産田(ウタ)じゃ。出産祝いの産田だ。分かりたか。大いなる御力はこれじゃ。

左は月読命が日を受けて、日月の神としてお出ましであるぞ。出産はかくの如く痛みを伴うものである。日月の神がこの地にお出ましとなり、日月地の神として働くぞ。この者の肉体を使って全てを型でみせるぞ。神喜びがどんなものかとくと見るが良い。

出産の喜びは女に与えてある。片方の働きであるぞ。男は添う力であるぞ。これで一つじゃ。
女が男になろうとしてもなれぬ。男が女になろうとしてもなれぬ。全ては神仕組の内にあり、伝えおくぞ。全てが神としてのよみ返りの道具であり、道具が働くゆえんだ。
左に全てが隠してある。片親がないというのは型示しじゃ。両親があって子供はすくすく育つ。子供は親の喜びであるぞ。岩戸の外に出ると、神と神・人の関係もそうであることが分かるぞ。天津国津というのは仮型の呼び名であるぞ。本来はヒツグとミツグである。ヒ(火)とミ(水)で神じゃ(4月29日)

京都伏見の御香宮で水を頂く。「元ツ御親の真姿がここにある」とのこと。この水の中に全てがよみ返る力がある。元つ御親の中にあって全てがよみ返る。この水によって、神が神としてよみ返り、全てがよみ返る元がある。これが元ツマコトの真姿であり、これ以外にはない。
これにより全てがよみ返る元となるのである。神が神として蘇る、これ程嬉しいことはない。
全てが蘇る元となる。物は物として蘇り、光は光として蘇るのである。蘇生とはかくの如くであり、元つ御親の力によらねば蘇ることはない。
人間の手で何が出来たか考えてみるがよい。全てあべこべ、頭が引っ繰り返っているであろう。これが型示し。
(女が社会で働き男が家にいるのは間違っている)

元のキを受けて蘇るのである。全てに感謝をささげねば力が力としてよみ返らないのであるぞ。愛が愛としてよみ返らないのであるぞ。分かりたか。
水は万物の源という。この源より発したエネルギーは全てのよみ返りの元となり、それが又、全ての創造の中にあって循環していく。これが本来の姿であり、又、源でもある。
言葉が言葉としてよみ返り、蘇生していくのである。蘇生した言葉はさらに新しく生まれ変り、本来の姿に戻っていく。これも循環の一つであるぞ。神が神として蘇らなければこの力は発揮せん。
新たな創造の過程として生まれ変わった言葉は、言霊として鳴り響き、この宇宙に十満する。これが言霊の威力であるぞ。
数霊も同様であるぞ。大いなる御力に裏打ちされたものでなければ、その威力が発揮せん。全てがそうであるから神が神としての働きを十全に全うする源が九九にある。 (4月30日)
ヒツグは愛、赤玉に象徴されるぞ。ミツグは力、白玉に象徴されるぞ。愛が縦で力は横に働くぞ。赤玉と白玉、これが龍宮の乙姫様が持っている本来の姿じゃ。本来の姿に戻らなければその力は発揮せん。
これが蘇らなければその力は発揮せん道理分かるであろう。
愛に力が添わなければ愛は滅びる。力も同様ぞ。大いなる御力はこれが統合された姿である。
それが大いなる愛、大愛に象徴されるぞ。それに大いなる御力が添い、これが無限に続くぞ。一八十の外に出れば分かる。今はただ九の力を受け取ればよい。元ッ御親の姿が写るぞ。(5月1日)

一四一四(イヨイヨ)富士と鳴門の仕組が終ったら、甲斐の仕組に入るぞ。甲斐の仕組に入りたらもの言えん様になるぞ。これはどうしたことかとビックリ箱が開くのぞ。この蓋を開けることが尾張の仕組ぞ。分からなければこの方に聞け。みな教えてやるぞ。
自分が自分がと思うているうちは岩戸は開けん。素直が一等ざぞ。よく聞けよ。この神でないと何も分からん。人間の算盤で何ができたか。みな出来損ないばかり。
九分九厘で引っ繰り返るぞ。全てこの神がさせていること、よく肝に命じておけ。
甲斐の仕組に入りたら、人との繋がり大事にしておけ。人と人分けるのは岩戸閉める元となっているぞ。この仕組、今年中にけりをつけるぞ。(2000年中に甲斐の仕組みが終わる予定だった?)

それが済みたら夜が明けるぞ。岩戸開きの幕開けじゃ。この仕組、実地に入りたら口開いてポカンじゃ。肚座ってないと気の毒ぞ。外が外がの方向、内が内がじゃ。高天原に神鎮まりますじゃ。分かりたか。



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まさに必要な時期になってから日月神示の続きが示されたものだと思います。
明らかにこの神示は西洋の宗教には無い重要な概念を含んでいます。
西洋の宗教が長年否定し続けたものの中にこそ、真実があるのだと私は思います。

「陰と陽の型示し」そのとおり、世界はこんなにわざとらしくあからさまに「示されて」いるのに、誰も気づかない。


あと、興味深い記事見つけた。
http://mujaki666.seesaa.net/article/167807836.html

これは2010年の記事か。

深見さんの本は読んだけれども、これは違うだろうと思わざるを得ない部分多かったのが正直なところ。
電車広告で写真を見るたびに胡散臭い人だなあwとは思ってたw
霊能者には違いないのだろうが。

しかしこの中で気になったのは
「このままいくと、五月中旬に箱根の神山と富士山が爆発し、首都機能が5年間ストップし、日本経済が破綻する」


の一文である。

たとえ胡散臭い宗教や人間でも神の御用をすることもある‥
神は宗教や人に拘らず、使える人間は全て使う方針なのかもしれない。

神示読解

1
時いよいよ現れ来たりたぞ。 これより先、新しき世に至るまで暫しの年月、辛
抱肝心ぞ。 人民様、程度の差こそあれ業火の死、遂げる者。生き残り塗炭の苦し
み、受くる者。 二つに一つになりたぞよ。 人ごとでないぞ、汝も同じぞ。 悪人、
善人らちもない。 死に行かれる者も、残し置かれる者も聞くのざぞ。
この度は地球最後の転生の時、天意転換の時ぞ。 それ由の厳しさぞ。 全人類、
己が囚われ積みしケガレ、一点の曇り無きまで払い清めせなならんから、数多の
民、死ぬる者も残りし者も相等しく、阿鼻A叫喚の地獄の如き洗礼をその身に受け
ねばならんのぞ。 女、子供辛きこと哀れであるが、一人とてこれ避けること出来
んから、早よう魂磨きてくれよと申してきたであろうが。



いよいよ、時が迫っている。これから新しい世界になるまで、辛抱が必要だ。これからは、苦しんで死ぬか、生きて苦しむかのいずれかしかない。人ごとではない。死ぬ者も、生きる者も聞きなさい。この度は、地球最後の生まれ変わりの時。だから、相当に厳しい。これまでの自分の生き様の責任を、自分でとらなければならない。罪を償わねばならない。生きようが死のうが、どちらも苦しいのである。










遅し 。神、既に動きたぞ。 浮かれ暮らす人民様、こ度のこと取り違えおれば
末期の不覚となりぬるぞ。 しっかと世情見ていて下されよ。 現界の荒らぶる現象   

神は、既に動いている。浮かれている場合ではない。今世の中で何が起きているか、しっかりと見ていなさい。
 
                     





いよいよ混乱狂気となりておろうが。正邪、背徳、驕奢の膿、様々なる形なさし
て世に噴出させておろうが。 これ予兆ぞ。既に世界はウラにて一つになりたぞよ。
真中を過ぎし不測の時、世界の悪勢一挙に入り来たり全土を一つと七つに分け占めて
修羅の地獄と化さしめん。 これ、こたび始めの神仕組なり。 これ日本の事ぞ、マコトぞ。 
仕組みありて、真先に日本払い清めせなならんからぞ。 国、土台から破壊され。ケガレし
権力潰えしも外なるケガレ逆巻きて内なるケガレ払うのぞ。 私有財産壊滅し、衣食住にも
迫し、国民同士の戦ある。 人と獣との分かれ目ぞ。 ケガレしものの消ゆるまで、三歳苦難
の道行きぞ。 こは神仕組み神ハタラキなれど、汝等人民様の招きしことなるぞ。汝の欲心
甘やかし来たりたであろうが。 しただけのことは拒めぬぞ。 神恨むでないぞ。
しかあれ、人民様の苦しき死。 残り苦しむ様。 神、望みてないぞ。


いよいよ世界は混乱極める世界となる。しかし、これは予兆である。すでに目に見えない世界では、事が進んでいる。定められた日に、世の中の悪は一斉に強化され、一つと七つに分ける。日本は、一つと七つに分けられる。これも神の計画である。まずは日本から浄化しなければいけないからだ。日本は、根本から破壊される。腐った政府は潰れ、外からの悪が逆作用して日本を浄化する。私有財産などというものはなくなる。生きるのにも困窮する。仲間同士で喧嘩が絶えない。ここで人の本性が試される。完全に浄化されるまで、三年間苦しむ。これは神の計画ではあるが、元はと言えば原因を作ったのは自分たちである。





 
 3
 既に遅けれど、このワケ、縁ある者に伝え置く。 こ度死ぬる者はこのワケ聞いて肚に
入れ、生き戻れるように死んで下されよ。 
死んでも頑張りて下されよ。 残されし者も同じぞ。
死に急ぎなさるなよ。 よくよく頑張りて下されよ。 よいな、三年の間ぞ。
三年の間、汝等の心魂、修羅場と化せしその地にて耐え難きを耐え魂磨くのぞ。    
死して逃れんと欲っせしも、異界にて万倍の地獄飲まなならんのぞ。 神、頼むぞ。  
汝蒔いた種なればこらえにこらえて三真釣り持ち行け。
聞く耳出来たか。 神、急ぐのぞ。 仕組み始まる前に聞いて下されよ。 ここ数年
の事ぞ。仕組み始まりたれば三年の間、神一切手出しせぬのざから。 このフミも
手に入らんようになるのざから。 イノチある内に聞いて下され『そは何ゆえなり
や…と』。 汝、初めて真理問うのぞ。 神、嬉しいぞ、その心魂やよし。 お前様は
これまで真理に向かいしこと希薄にして、 この最後の時まで不明で在りしことは


時既に遅いが、この理由を縁のある者に伝えておく。これから死ぬ者も、復活できるように死になさい。
死んでも、頑張らねばならない。生きる者も同じ。決して死のうと思うな。三年間、耐えなさい。
耐えて、魂を磨きなさい。死んで楽になろうなどと思うな。死んでから更に苦しくなる。
神は望む。自らまいた種を刈り取れ。神の計画が始動する前に聞きなさい。神の計画は、ほんの数年の間。計画が始動すれば、神も手出しはできない。この文章も、読めなくなる。だから生きているうちに、聞きなさい。
「神よ、なぜ、このような状況なのか?」と、あなたは本当の意味で初めて真理を問う。それは、神に喜ばれること。だってあなたは、これまで神に向かうことすらしなかったのだから。







 なはだ遺憾なれど、その身さかれし前に向きしこと希有にして縁なり。 さればそ
の心魂、最後まで持ち行きて下されよ。 三真釣り持ち行く者なれば、三歳苦難の
間でも呼べば助くる、手出しする。 よいな、終わりと成すも始めと成すも、汝次
第ぞ。 しっかと聞いて肚に入れよくよく頑張りて下されよ。
死に行くワケ、語りて聞かすぞ。 行き残されしワケ、語りて聞かすぞ。 新しき
世も語りて聞かすぞ。 神、一人でも多く戻り来たりて欲しいのぞ。 
よう戻りて下された。 永きご苦労の旅でありたが、神、よくよく汝の元つ光輝
知りておる。 神、汝が可愛いのじゃ。 もう離れんで下されよ。 神頼むぞ。
こ度このフミこの時出すは、汝等早うスミキリて神ごころに戻るを促すがため
なるぞ。 度の大変、身魂磨かれ居れば、スミキリて神ごころ近くありせば何処
に居ろうが、何が起ころうがご心配まったくご無用なるを知りて欲しいからぞ。




死ぬ前に神に立ち返ることに意味があり、それが神との縁なのである。真理を知った者であるなら、三年の苦難の間も神は助ける。すべては自分次第である。神は一人でも多くの人を救いたい。神から離れないように、神は望む。
なぜいまこの文章を書いたか。それは、早く神に立ち返ってほしいから。
神に近づきなさい。そうすれば何も心配はいりません。





これよりこ度の大変段々に語りて聞かすが、コクな事も聞かさなならんから、
神も辛いが、後々汝善きようにしてやるから、マコトスミキリて神のお手伝いで
きるよう、勇で励みて下されよ。 死ぬる者も行き残されし者も生死一如なるを知
りて下されよ。こ度は生死越えたるお仕組みなるが由ぞ。死しても頑張りて下さ
れと申すもわかるであろうが。
こ度のこのフミ、マコト日本の人民様に伝うるフミぞ。世界の人民様にもお伝
えしたいなれど、こ度の仕組みは元つキの国の身魂持ちたる者でなければご用で
きぬコトもあるのじゃ。 世界の人民様も神の御子なれば汝等のハタラキ大切ぞ。
〔元つキ〕解かるか。 汝等、陰陽知り居るか。暗きことが陰でないぞ。 明るき
ことが陽でないぞ。 言の葉に囚われて取り違え致すなよ。 陰と申すも竪のことぞ
火の御守護ぞ。 陽と申すも横のことぞ水の御守護ぞ。 元つ(気)成り成せる元が
火水(陰陽)なるぞ。 火水(陰陽)マ十字に結ぶが産土力ぞ。 これ元つ神の尊き御ハ
タラキなるぞ。これよりいずるが〔元つキ〕なるぞ。 これ始源の力ぞ。竪横マ十
字に結び合わたざれば、産土力ないのぞ。 産土力なければ〔元つキ〕もないのじ
ゃ。 


生と死は等価値であることを知りなさい。神の計画とは、生死を超えたものである。死んで終わりではない。
死んでもあの世で頑張らねばならない。
この文章は、日本人に向けたもの。もちろん世界中の人々に伝えたいのだが、日本人でなければ努まらないからだ。外国の人々も、神の子である。だからこそ日本人の働きが重要なのである。

陰陽について、理解しているか?
暗いのが陰というわけではないし、明るいのが陽というわけではない。陰と陽の力が交差されることで、真価を発揮するのである。交差する力を、産土力という。これは神の働きである。






 これ解かるか。 神なきところ何もないと申して居るのじゃ。 されば〔元つキ〕
あるによりて万物万象成り成りてあるであろうが。 善人、悪人別け隔てなく、火
水(陰陽)の産土力のお陰持たせて居るであろうがな。 万物万象生かし活かせし元
つハタラキと中つハタラキいっしょにするでないぞ。 この 〔元つキ〕 いずる国の
身魂持ちたるがマコト日本の人民様じゃと申して居るのじゃ。
汝等盲しいた由、段々に語り聞かす外なきも情けなきが、暫し止むなし。
なれど、日本は元のキの国。 ヒの元つ国。 マコトの国なるを覚え置き下されよ。 
今の人民様にはわかるまいなれど、スミキリてくれば段々にわかりて来ることぞ。


神が無いところには、何も生まれない。原始の神にて、万物はつくられている。いい人も悪い人も、神の力によって生かされている。「原始の神の力」と「神々の力」は違う。
今は何を言ってもわからないだろうが、日本は神の国なのである。そのうちわかるであろう。





 そは始源の時、宇宙創りた、元つ神の神仕組みなり。 マコト、マコトに尊き御
国。 ヒノモトの国は元つ神のご神体そのものなるぞ。 今この時、ハキリ他国とタ
テワケ肝腎ぞ。 ヒノモトなければ外国ないぞ。 外国ありてヒノモトあるのでない
ぞ。 ヒノモトありて外国あるのぞ。 それ由、日本は世界の雛形と申して居る。 区
別大切ぞ。 差別でないぞ。区別することが平等であるぞ。 区別タテワケせぬこと
が不平等であるのぞ。 取り違えしてはならん。
汝等のご身体見て御座れ。 宇宙コトワリの似姿なるぞ。 頭は頭。 胸は胸。 手足
それぞれの区別してタテワケ、ハタラク仕組みなり。 日本は世界の真中のヘソの国。
肚の国なるぞ。 元つキの国。 元つ神気いずる国なるぞ。 これ日本の尊き御ハタラ
キなり。 日本大切と申すこと、ここより外に元つ神気いずる国、なきが由ぞ。 こ
れあるによりて地球のケガレ、元の元つ国なる日本が背負わねばならんのじゃ。


日本は、原始の神のご神体そのものである。しっかりと外国との区別をせよ。日本があるからこそ、外国があるのである。故に、日本は世界のひな形なのである。それは他国を差別することではなく、区別することである。
区別しないことこそが不平等なのである。
自分のからだを見なさい。宇宙の姿そのものである。足は足、手は手、それぞれが、それぞれの役目を背負ってはたらく。
それが区別ということである。
日本には日本の役割があるのである。日本が原始の神のご神体である故、日本が世界の罪を背負わねばならない。










こ度の天意転換は、この宇宙創りたる始源より決まりてありたことなのぞ。
汝等の宇宙、光ひとつ上ぐる仕組み、七つに別けて進み来たりたのじゃ。 この度がその最期なり。 七期目の仕上げの時になりたのじゃ。 
しかあれ、こ度の大変は天意転換なるが由でなきこと、先ず知りおきて下され。 
世界の人民様ケガレ無くありたなら、マコト麗しき幕の上がりでありたのじゃ。 
なれどケガレ逆巻く気枯れ世と成り、成してしもうたが、こ度の大変招きしワケなるぞ。
こ度ケガレ祓うは元つ神なるぞ。 こ度はハラとアタマの戦ぞ。 神力と学力の戦いであるぞ。 アタマ『あやま知』用いて汝等の神気いずるを封じ込め。さんざん

世を気枯れケガラし[マコト]無き世と成さしめたのじゃ。 神にはアタマを操るの仕組みし企み、すべて解かりて居る由、最後の最後の最後のところで見事
ひくり返し、あっぱれ新しき御代建てるも心配無きが。 人民様にはこれよりひと



今回の天地改変は、初めから定められたことである。目標に向けて、7段階にわけて計画は進められてきた。
今回の天地改変は、その最後の仕上げである。

そうはいっても、人々が堕落しなければ、今回の破滅は避けられたのだが。
今回の戦いは、ハラとアタマの戦いである。

アタマとは、無神論者のことである。
アタマは間違った知識を振りかざし、人々の真理を探求する心を殺した。神は無心論者の手の内をよく知っている。


もう駄目かと思いきや、神の計画は最後にきちんと遂行されるから、安心しなさい。









 苦労ふた苦労、地獄の苦労もせなならん者もあるから、しっかり〔マコト〕持ち
行きて下されよ。 汝等、悪神の仕組みし企み知るよりも三真釣り持ち行く〔マコ
ト〕大切なるを忘るなよ。 それ無くば、何を知りてもご無念ぞ。
日本の大変が酷いのは上に立つお偉い様方、ヒノモトは《元つキの国》なるを
『あやま知』に惑わされすっかりだまされ忘れ去り、神気息も出来ぬほどにケガ
レ気枯らしてしもうたが由なるぞ。 汚してはならぬ元つ神のご神体でありたのじ
ゃ。 汚したるご無礼、末代ワビつると申せど取り返しのつかぬ事でありたのじゃ。
一度は日本はもう潰れたと、誰もが思うひどき有りざまにせなならぬ。 
神も辛いがこれも人民様にマコト無きが由ぞ。 
マコト無き所にマコトの神は降りぬのぞ。
神、幾度も注意を促し来たりたのぞ。 されど汝等聞かず。 『あやま知』に目が
くらみ我欲に囚われておりたのじゃ。 由に申して居る、こ度の災難、天意転換の
仕組みより受くるのでないぞ。 神仕組みで無いぞ。 汝等自身の仕組みし大変の事
なるぞ。 


人々よ、悪魔の真意を探るより、真理を知ることの大切さを知りなさい。真理を知らねば、どうしようもない。
今回日本の破滅を招くのは、日本の本来の役割を、目先の利益に惑わされすっかり忘れているからだ。
人々は神の国を汚してしまった。一度は日本は潰れたと思う有様になる。それもこれも、日本人が真理を知らないせいである。神は何度も警告したのに、その警告を無視したのである。
今回の破滅は、結局は、自己責任なのである。





10
巷で騒ぎつる世の破滅、汝等の仕組みし世を祓う大掃除のことであるぞ。
今までの世でありたならケガレと光、共にあることも仕組み有りて出来たこと
なれど、新しき御代になりたればケガレと光、共にあること適わぬのじゃ。 仕組
み変わるのじゃ。 このことよくよくハラに入れて下されよ。 今迄の神仏説きし転
生は古き教えの中でのことじゃ。 今迄は中つ世の神々のお役目なればいたしかた
なくありたなれど古き転生の教えこ度で終わりぞ。 取り違え致すなよ。
この度の事は元つ神の仕組みなれば、中つ神々様でも解からぬ事ぞ。 元つ心にス
ミキリてなくれば神々と申せど何処へも逃げおおせぬお仕組みなるぞ。 光ひとつ
上ぐるのじゃから、ケガレ持ち越せぬのじゃ。 汝初めてのこと由、解かり難きも
無理なきが、ケガレ持ちたまま何処へ生まれ落つるつもりぞ。


巷ではいろんな終末論が溢れているが、それは世界を洗う大掃除のことなのである。
これまでは善と悪は共依存関係にあったが、これからはそうはいかない。善と悪は、はっきりと分けられる。
根本的な仕組みが変わるのである。
いわゆる輪廻転生は、古い教えなのである。

善と悪は共存しないから、輪廻転生の仕組みもなくなるのである。
新しい世界は、原始の神の仕組みとなる。それは神々にも理解出来ないこと。

闇の無い、光だけの世界になるのである。






ひふみ神示を読解してみます

キの巻 第10帖 (267)

山の谷まで曇りてゐるぞ、
曇りた所へ火の雨降るぞ、
曇りた所には神は住めんぞ、
神なき所 愈々ざぞ。
ひどい事あるぞ、
神がするのでないぞ、
臣民 自分でするのざぞ。
一日一日のばして改心さすやうに致したなれど、一日延ばせば千日練り直さなならんから、神は愈々鬼となって規則通りにビシビシと埒(らち)あけるぞ、
もう待たれんぞ、
何処から何が出て来るか知れんぞと申してあろがな。
花火に火つけよ、
日本の国の乱れて来たのは来られんものを来らしたからぞ。
三千年の昔に返すぞ、三万年の昔に返すぞ、
三十万年の昔に返さなならんかも知れんぞ。


家内和合出来ん様では、この道の取次とは申されんぞ、
→ 同じ血族である韓国?中国?と仲直りしないのなら日本の役目も終わりだ

和が元ざと申してあろが、和合出来ぬのはトラとシシぞ、
→ まずしなければいけないのは仲直り、仲直り出来ないのはトラとライオンくらいのものだ

どちらにもメグリあるからざぞ、
→めぐりというのはたびたび「まいた種を刈り取る」という意味で出てくる。
つまりどちらの国もまいた種を刈り取らねばならない。韓国も日本も中国も、どちらにも非があるという意味

昼も夜もないのざぞ、
坊主 坊主くさくてはならんぞ。
三月十三日、一二三。

プロフィール

「シンクロニシティ(共時性)」「陰と陽(二元論)」「フラクタル(大=小)」が私の人生のテーマです。 Synchronicity (synchronicity)" "Yin and yang (dualism)" "Fractal (large = small)" is the theme of my life.

運命は存在するか?

Author:運命は存在するか?

備えあれば憂い半減。

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